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2018/11/17 09:22 |
大誤解(´Д`;)ヾ
『アラビアンナイト-文明のはざまに生まれた物語』 西尾哲夫著 (岩波新書)
『新アラビアンナイト』 清水義範著 (集英社文庫)

を読みました。

著者・出版社を見ていただければお分かりのように、前者はアラビアンナイトを歴史的視点から考察した評論文、後者はアラビアンナイト・イスラム世界をモチーフにした創作です。

前者は、アラビアンナイトについて抱いていたあやふやなイメージが一新されてしまう、非常に興味深く、新たな発見に溢れた好著です。
アラビアンナイトが、これほどまでに研究されている文学なのか、という点にも驚きますし、その成立過程などは本当に思いもよらず、新鮮でした。

「アラビアンナイト」は、別名『千夜一夜物語』とも言われる、中世イスラム世界で生まれ、近世ヨーロッパで再発見された物語群です。

もともとはアラビアでは、書籍として以外に、コーヒーハウスや街角などで職業的語り手によっても語られていたらしいのですが、次第に忘れ去られ、オリエンタリズムが流行していたヨーロッパで紹介されるとともに、その存在が再び表舞台に現われたとのことで、その再発見の経緯から、アラビアンナイトは本来のものとは大きく異なった姿を取るようになったと考えられているそうです。

一般に「アラビアンナイトの物語といえば?」という質問には、「アリババと40人の盗賊」とか「シンドバットの冒険」とか「アラジンと魔法のランプ」などの答えが上がると思われますが、実はこれらの物語はいずれも、もともとはアラビアンナイトの話ではなかったと考えられていますΣ(゜д゜|||)!

シンドバットは、アラビアンナイトとは別の体系の物語であることがほぼ証明されているようですし、他の二作もアラビア語版の中には見つかっていないということです。

恐らくヨーロッパに紹介される際にどこかから混入したり、新たな写本が見つかったり、場合によっては偽の写本を原典として翻訳したために新しい話が追加されたりなどして出来上がった形が広く認知されてしまったのでしょう。
このような事実に、現在のアラビアンナイトは本来のものとは大きく異なった形を取っているであろう、と考えられる根拠があるわけです。


さて、アラビアンナイトといえば、妻の不貞に激怒した王が女性不信になり、毎夜処女を召して首を
落として殺していたが、大臣の娘シェヘラザードが王の下に赴くことを志願し、毎夜毎夜面白おかしい話を王に聞かせ、続きが気になってシェヘラザードを殺せないでいるうちに、とうとう改心して女性を殺さなくなった(のでは?)、という外枠を持つ物語です。

このシェヘラザードの語った期間が「千夜一夜」であると思われているわけですが、実際の話数は、一話が長くて何夜にも区切ったりしている部分もあるのですが、最初にヨーロッパに紹介された写本(ガラン写本といいます)でいいますと、282夜分、話数にして40話という数だったそうです。

写本の呼称にもその名の使用されているガランですが、やはり彼も自分が見つけた写本は、長大な物語の一部分に過ぎないと考えており、完全な形を探していたそうです。

しかし、現在の段階で「最終形態」と考えられているのは、主にイギリス人によって写本探索を通して形成された、究極の寄せ集め本である「カルカッタ第二版」といわれるもので、最初期の本当に後世による手を加えられていない形には、ガラン写本の方がよっぽど近いだろうと考えられているようです。
(ただ、ガラン写本も含め、あらゆる写本について、どこまで本物なのかは、完全には解明し切れていない部分があるようです)


さて、先ほどシェヘラザードの語りにより、王は改心し、女性を殺さなくなった「のでは?」と、括弧書きを付けたわけですが・・・・。

実は、シェヘラザードがどうなったかというのは、決着を見ていないと言うのが本当のところなのですΣ(゜д゜|||)
写本により、王が途中で改心したとか、王は処刑しようとしたが、シェヘラザードが王との間に出来た三人の子を連れて命乞いをしたとか、シェヘラザードの英知に感心して処刑を取りやめたとか、シェヘラザードが助かったことは一応一致しているのですが、本当のところは謎に包まれているようです。

アラビアンナイトが口承文学の形態を少なからず持っている以上、「本当で唯一の形」を求めること自体、ナンセンスなのかな、と思います。

ですから筆者は、アラビアンナイトは、中東で生まれ、ヨーロッパ人のオリエンタリズム趣味のフィルターを通されて、現在の形態に落ち着いたという経緯から、「文明のはざまに生まれた物語」というサブタイトルを付けているわけですね。


で、清水義範氏の著作ですが。

私は最初この本は、アラビアンナイトにある話を、清水テイストに翻案・脚色した作品集だと思っていました

が、清水氏の完全なオリジナルとのことで、改めて「巧い人だッ!」と感動してしまいました。
(途中の話辺りから、冒頭に薀蓄が述べられるようになっていたので、『あ、創作か』と気付いたわけですが。その口調が、いかにも「清水節」だったので。)

王族だけではなく、一般庶民を主人公にした話が収録されているのですが、程よい長さ、バラエティに富んだ内容に加え、現代人の私たちにも親しみやすいような形でアラビア圏の風俗が取り入れられたりしていて、本家アラビアンナイトで挫折した人でも、面白く読むことが出来ます
(ちなみに私は、本家には手すら付けたことがありませんが・・・)

清水義範氏は「パスティーシュ小説」という、恐らく清水氏にしか書くことのできないジャンルの小説の第一人者(っていうか、一人しかいないのにこういう表現ができるのか分かりませんが)でして、定義が難しいので、多少の語弊を承知の上で申しますと、文体だけでなく内容・素材など、全てにおいて本物であるかのように創作された小説のことをこのように言います。

その中には、ひねりやもじりや笑いなんかも必然的に入ってくるわけですが、原典を笑い飛ばすことを目的として揶揄するパロディとは、ですから根本的に異なる小説です。

最近の著作にはパスティーシュ感がそれほどないのですが、初期の作品には抱腹絶倒の名作が目白押しです。(いや、最近のものも面白いのですが。)

オススメは『国語入試問題必勝法』『永遠のジャック&ベティ』(いずれも講談社文庫)。

内容を書くと、どうしても面白さの核心部分に触れなくてはならないので割愛しますが、短編集なので読みやすいですし、「どうしてこんなことを思いつくの?」と目からウロコが落ちることも間違いありません。
そして、笑い転げられること、コレも間違いありません((((゜Д゜;))))


さて、タイトルの「大誤解」ですが。
私、『新 アラビアンナイト』を読むまで、ベリーダンスはインドの古典芸能だと信じ込んでいました・・・
(そういうことを、このブログで過去に書いております・・・_| ̄|○)

ベリーダンスはアラビアンナイトのイメージです、なんてことも書いているわけで、ちょっと考えれば分かることなのに、どうしてインドのものだと信じ込んでいたのかは定かではありませんが(;´д⊂)

ベリーダンスは、エジプト発祥のものと、トルコなどのイスラム圏を発祥とするものに大別され、後者はロマ(昔で言うジプシー)のダンスなどの要素も取り入れられ、現在の形に発展してきたそうです。

ちなみにインドはヒンズー教圏。
イスラム教徒もいますが、完全なる少数派です。

インドでは全く踊られていない、ということもないとは思いますが、インドの古典芸能といえるものではない、ということだけは間違いないようです・・・・(´Д`;)ヾ

失礼致しました・・・・(涙)
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2007/09/14 03:46 | Comments(0) | TrackBack(0) |

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