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2018/06/25 16:45 |
今年はクラシック
何のことかと申しますと、名探偵コナンの映画のテーマです。

サブタイトルは「戦慄の楽譜(フルスコア)」
「フルスコア」と読ませたいなら「総譜」でしょう!!・・・と思わず心の中で突っ込みを入れてしまいましたが、コナン鑑賞は毎年の恒例行事なので、今年も行って参りました。

昨年の「紺碧の棺(ジョリーロジャー)」が、ハッキリ言って駄作だったので、あまり期待せずに観に行ったのですが。

今作はアクション要素が大幅にカットされ、謎解きに重点が置かれる正統派のストーリーでした。
その分、地味な印象が強いのは否めませんが、ココ近年の中では出色の出来だったと思います。
ただ、子供さんの方がついていけたかは不明ですが・・・。


ストーリーは、とある音楽アカデミーの中で起こった爆破事件から始まります。
ここで演奏されていたのはベートーベンのチェロソナタ。
曲がクライマックスに差し掛かったと思うと、突如爆音が響き渡ります。

死亡したのは室内カルテットのメンバー二人。
現場にはフルートの胴部管が残されていました。
残る管は二つ、事件もあと二回起こるのか?

今回は、昨今のクラシックブームを意識してか、全編にわたりクラシックが流れています
また事件の舞台も人物も音楽関係者。

楽器としてはパイプオルガンがクローズアップされているのですが、映画中で使われている音は、日本大学のカザルスホールのオルガンだそうです。

また演奏シーンも、のだめのアニメほどではありませんでしたが、弦や鍵盤の運指を出来る限り忠実に表現しようという努力の跡が見え、音楽とともに制作側の意気込みが感じられる作品でした。

さて、肝心の謎はといいますと、カルテットの殺害犯人を特定する材料が不親切かなとか、もう一つの事件の動機がちょっと弱い?・・・とも思ったりして、本格推理というにはお粗末なところもあるのですが、推理サスペンスとしてはよく出来ていたと思います。

また、今作のヒロイン「秋庭怜子」がなかなか魅力的ですし、ストーリーの骨子がしっかりしていて、昨年のような「このシーン全くいらないじゃんヽ(`Д´)ノ」とか「話がないッ」とかいう映画以前の問題は全くありませんでした。

でも、やっぱりちょくちょく気になることがあったりして(笑)
・ヴァイオリン奏者が肩当をしていない(ように見えた)
・怜子がピアノの音のズレを指摘したことにより、彼女が絶対音感の持ち主と判明。しかしその直後、その同じピアノを用いた音当てで、鍵盤通りの音を答えた・・・音の外れたピアノだったら、絶対音感の持ち主って、そのまま外れた音を答えるのでは??と思ったり。←絶対音感をお持ちの方、本当はどうなのか教えてください。
・ピアニストを引退して二年後に、プロのオルガニスト・・・ってそんなに早くなれるの?パイプオルガンってフクザツそうなんだけど。
・そのオルガニストの弟子がヴァイオリニストとソプラノって・・・・・?

などなど、他にも見てるときに違和感を覚えたことはあるのですが、忘れてしまいました(笑)

しかし、最大の不満は「フルスコア」と銘打っているのに、オケが出て来なかった!!!
まあ、登場人物たちの思惑が入り乱れ、あたかも交響曲のように絡み合っている、という含みなのだと思いますが。
オケのシーンなんか出すと、描くだけでも大変だし、いたずらに登場人物を増やすことになりますから、出さないという判断は尤もなんですけど。

ちなみにこの映画最大の鍵となるのは、アメイジンググレイス
ソプラノの怜子が感情豊かに歌い上げます(モチロン吹き替え)。

他に使用されていた曲は、
バッハ「トッカータとフーガ ニ短調」
シューベルト「アヴェ・マリア」
グノー「アヴェ・マリア」
など。

分からん曲がいくつかありましたが・・・・(゜▽゜;)
(もちろん、この映画のために作られた曲も多数あります)


*******以下ややネタばれ*********

そういや、ネット上でも物議をかもしているらしい、電話をかけるシーン。
「理論上可能」なのは確かですが、それ以上に私はそれぞれが数字を受け持って、プッシュ音と同じ周波数の音を出して電話をかけられるという外人の双子をテレビで見た記憶があります

************************


おまけ。
このブログを書いているとき、ダンナがベランダからガンガン窓を叩くので、間違ってカギがかかって入れなくなったかと思って見てみると・・・・・

F1000079.JPG

なんとクワガタが迷い込んできていましたッΣ(゜д゜|||)

写っているのは私の手です。






ちなみにダンナはクワガタが触れません
私が逃がしてあげました♪

それにしても、最近は虫も触れない男性が多すぎるッヽ(`Д´)ノ
かく言う私も、蝶とかトンボとか蝉とか、羽がクシャッとなりそうなのや、ムカデとか毛虫とかゴキとかのゲテモノはダメですが・・・。
(むしろ、甲虫の類以外はダメだと言ったほうが早い(笑))

でもカエルは触れます。
だって大好きだから♪

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2008/04/22 23:36 | Comments(0) | TrackBack(0) | コミック・漫画・アニメ
チョッパーに会ってきました♪
数日間、トチ狂ったかのように連続更新し、その後何日も放置・・・というパターンを毎度毎度繰り返しております、ちいすけです_(._.)_

こんばんは。
大分春めいてまいりましたが、皆様お変わりなくお過ごしでいらっしゃるでしょうか。
ワタクシは、相変わらずのほほんと毎日を過ごしております。

ブログを更新していない間(というか、端的に言えばサボっていたわけですが)にも、色々とありました。

まずありがたくもホワイトデーのプレゼントを、方々から頂きまして。
いや~、こんなに頂戴するとは思っておりませんで、至極恐縮でございます_(._.)_

ステキなスイーツはモチロンのこと、ジャムやらコスメグッズ、果てはタイガースのユニホームまでッ!!
(ちなみに林(リン)のを頂きました♪ もともと掛布が好きだったもので、31番繋がりですね~)

何名かの方は、このブログを読んで下さっていらっしゃるとのことなので、この場で改めて御礼申し上げます。
どうもありがとうございます~ッ♪

ちなみに、頂いたお菓子の半分はダンナの胃袋に消えました。
冷蔵庫に入れておくと、何も言っていないのに目に見えて減っていくのです・・・・。
ま、ダンナは自分が買ってきたお返しも、端から半分は自分の分という計算だったようですけど。

そういえば、父にはまだ上げてないんですよね(笑)
ちゃんと我が家の冷蔵庫にチョコレートが入っているんですけど。
今週末辺りに私に行く予定です。
そしてお返しをもらって帰る予定です(笑)


さて、その次は・・・・・。
とうとう行ってしまいました、劇場版「ONE PIECE」!!!

今回は、「エピソード オブ チョッパー ~冬に咲く、奇跡の桜~」というタイトル、文字通りチョッパーが主役のストーリーです。
・・・・そもそもチョッパーが主役だから観に行ったようなものですが(笑)

F1000073.JPGチョッパー(笑)

ウチにいるフィギュアです。
体長約9センチ、なのでそこそこ大きめです。







チョッパーというのは、主人公ルフィ率いる「麦わら海賊団」の船医です。
一見狸のように見えますが、実はトナカイで、しかも青っ鼻
その為トナカイ仲間から疎まれることに。

さらにそれだけではなく、「ヒトヒトの実」を食べて、二本足歩行&人語を話す能力を身に付けたものの、ヒト型に変身した時の半獣半人の奇怪な姿から、人間からも化け物扱いされてしまいます

そんな誰からも受け入れてもらえない孤独な境遇から、彼は極度の人間不信に陥ります。
果たして「麦わら海賊団」は、そんな彼の傷ついた心を開くことができるのか・・・?

今回の映画は、原作ではチョッパーの後に仲間になったロビンやフランキーが先に仲間になっているという設定で始まります。
また映画オリジナルの敵キャラも出てきますが、それ以外の点は、ほぼ原作に忠実なストーリーになっていました。

絵柄の点では、正直粗さが目立ち、時々「何だこの絵はッ!?」と思う場面もありました。
(中国に動画を依頼している影響なんでしょうか・・・?(笑) モラルの低い業者は中国のアニメ業界にもいるんでしょうし・・・)

しかし、ストーリーは感動!!(*´Д`*)
原作どおりなので、モチロン展開も何もかも分かっているのに、泣きました(´Д`;)ヾ

もうチョッパーが健気すぎて、うるッと・・・・(笑)

瀕死のところをDr.ヒルルク(←チョッパーの一番の理解者・故人)に拾われて、パンをもらうシーン。
チョッパーは初めて人の温かさに触れるのですが、そのパンにかじりついた時の涙でボロボロの顔を見て「うるッ」と来てから最後まで、ワタクシは静かに涙を流し続けておりました・・・・・(;゜ロ゜)

二人の子供を引率してきたお父さんが、私の隣の席に座っていらっしゃったのですが、その方も子供にばれないように、静かに涙をぬぐっておられました(笑)


「ONE PIECE」は超人気作だけあって、評価も賛否両論真っ二つのようですが、私は素直に非常に面白いマンガだと思っています
本当に、貸してもらってよかったと思ってます(笑)

笑いと涙のバランスがいいですし、アイディアもオリジナリティーがあって秀逸です。
若干、絵がゴチャゴチャしているきらいはありますが・・・・。

単行本に収録されているSBS(「(S)質問を(B)募集(S)するのだ」の頭文字・・・)では、原作者の尾田栄一郎氏の切れ者具合が発揮されていて、一部では「天才」と言われているのもうなずけます。
やはりそのくらい抜きん出た人だからこそ、このような人気作を作ることができるのだと思わず納得。


さて実は、映画はもう一週間早く見ている予定だったのですが、ハプニングがあり、一週遅くなってしまってたんですねぇ。
上映時間をネットでちゃんと見て行ったのですが・・・。
そのページがこうなってたんですね↓↓↓↓

16:20~(ここで改行)
[終]18:25

私は最終上映時間が「18:25」だと思い、足取りも軽く映画館へ向かったのですが、いざ着いてみると、何と16:20が最終・・・・・_| ̄|〇

[終]ってのは、最終上映時間じゃなく、上映終了時間だったんです・・・・・・。

見る気満々だった私のテンションは急降下。
ちなみに私に無理矢理引っ張ってこられたダンナのテンションも急降下(笑)

しかも「ちゃんと上映時間くらい見なさいッヽ(`Д´)ノ」と怒られました。

「見てきたよ!!だから18:20って言ったんやんか~ッ!!!」

「間違ってたんだから、そういうのは「ちゃんと」って言わないでしょ!?」

「でも見たことには変わりないやんかッ!!!」

と、しばらく不毛な争いをしてしまいました。
いい年こいたオトナが二人、「ONE PIECE」の映画の前で・・・・_| ̄|〇


おまけ。
昨年のクリスマスに食べたパンダケーキ、今回も違うバージョンのが発売されていたので食べてみました。
F1000074.JPG
これが通常バージョンの「ぱんだケーキ」

切っても切っても金太郎、のパンダケーキ版です(笑)



で、もう一つ。
F1000075.JPG
白黒反対になってるこっちが「だんぱケーキ」(笑)





黒い部分は炭が入っているようで、かなり真っ黒です。
(ちなみに排泄物も真っ黒ですΣ(゜д゜|||) ダンナ曰く「尻にケーキがついてるのかと思った」そうで・・・・・・(;´д⊂))

味は色の強烈さに比較すると、かなり軽い感じで、それこそパクパクいけます。
なかなか美味しいのでお勧めです。
お取り寄せ専用商品のようです。
別に回し者ではありませんが、ここで買えます↓↓↓↓
http://www.felissimo.co.jp/chou/

今上記のページを、URLをコピペするために見てきたんですが、何か、もっと凄いパンダケーキがありました・・・・(汗)
いきなり最初のページに載っているので、一見の価値はあるかもしれません(笑)

2008/03/25 02:02 | Comments(1) | TrackBack(0) | コミック・漫画・アニメ
最近ハマッているもの
最近よく行くのは、マンガ喫茶です。
まあ長くても二時間くらいですけど。

初めてマンガ喫茶に行ったのは、まだ東京に住んでいた頃、新宿の地下にある(あった?)「ヨムヨム」という店でした。

当時のマンガ喫茶は、大きなテーブルに椅子が並んでいるだけ
何冊かマンガを横に積んで、みんな黙々とマンガを読みふけっていました。
中には、「絶対今仕事中でしょ!?」と思われるサラリーマンの姿なんかもあったりしたわけですが、まだまだアヤシイ場所という雰囲気が漂っていて、女性一人のお客さんは、ほとんど見かけませんでした。

私も、その当時は一人で行ったことはありませんでした。
ダンナと結婚する前、デートでマンガ喫茶に行き、全く一言も喋らずに(笑)お互いマンガに没頭していたものです。

マンガ喫茶で初めて読んだマンガは、『シティーハンター』でしたねぇ・・・。
友人に借りて読んでいたのですが、会えなくなってしまい、結局最後までは借りられなかったので、マンガ喫茶で続きを読んだわけです。

本屋でマンガの立ち読みは、雑誌でもない限りなかなかできませんから、何十冊も続いているような長編マンガも、マンガ喫茶のお陰で気軽に読めるようになりました。


現在のマンガ喫茶は、基本はブースで仕切られていて、ソファとかマッサージチェアとかもあれば、マットや畳敷きになっていて、そのまま寝転がることもできたりしてますから、大分様変わりしましたよね。

それにブースだと、外からは誰が中にいるのか見えませんから、女性一人でも危なくありませんし(個室に入らないと、ジロジロ見られたり、声掛けられたりしてうざったいのですヽ(`Д´)ノ)、キチンとセイフティーボックスも設置されていたりして、セキュリティーの面も格段に進歩しています。

値段も30分で300円以下のところが多く、飲み物は基本的に飲み放題なので、かなりおトク感もあります♪

ところで。
マンガ喫茶を効率よく利用するには、どのマンガを読むのかを前もって決めておくことが第一です。
大体どの店に行っても、「えッ!?コレしかないの?」と思うことはまずありませんので(笑)、何を読むのか決めていかないと、棚をあちこち物色するハメになり、結構時間を食ってしまいます。

今私が読んでいるのは、『王家の紋章』(笑)
以前にもちょこっと、「読みたいなあ」と書いたマンガなのですが、現在54巻(!)まで刊行されています。
私は36巻まで読みました(多分)。
こう書くとすごい巻数なのですが、連載はすでに30年を超えているので(゜ー゜;)、年数の割には冊数が出てない感じですね。
連載が飛び飛びになっている為だと思いますが。


キャロルというアメリカ人の女の子(主人公が日本人でない辺りに、既に時代を感じます)が、約3000年前の新王国時代のエジプトへタイムスリップし、ファラオであるメンフィス(架空の人物です)に見初められるという話なのですが。

現代の科学や考古学の知識を持つキャロルは、当時の人々から「未来を予知する娘」として崇められます。
当然、周辺諸国の王も、彼女の「不思議な」力を手にしたいので、キャロルは四六時中、だれかしらに拉致されていますΣ(゜д゜|||)
メンフィスと結婚してはいるのですが、物語の大半は、メンフィスとは離れ離れになっており、メンフィスが助けに来るか、自力で脱出するかして、一つのエピソードが終わります(笑)

しかし、バタバタと人が死ぬ話の割りに、キャロルを巡る主要キャラクターは、誰一人死んでおらず、それどころか新しいエピソードに入るたびに、キャロルを拉致する人物は増える一方なので、一体全体、このマンガは収集がつくのだろうか・・・・?と心配になります(笑)

恐らく、最新刊の54巻まで読んでも、この収集の付かない感は、全く変わっていないと思われるのですが(゜ー゜;)、とりあえず読み進めるつもりです。
やっぱりこれだけ続いているというだけあって、それなりに面白いんですよ。


『王家の紋章』が終わったら、次は、面白いと勧めてもらっているので、『スラムダンク』かな・・・・。
この『スラムダンク』のころから、ジャンプ系(というか少年マンガ全般)とは疎遠になっていて、かなりの名作らしいのですが、どういう話なのかも全く知りません(´Д`;)ヾ
タイトルから、バスケのマンガなんだろうということが推察される程度で・・・・・(笑)


そういや、一年位前から、マンガ喫茶に行くたびに、読みたいと思って探しているのに、未だに置いている店を見つけられないマンガがあります(涙)
行く店が新しいところばかりだからだと思うのですが・・・・。

それは、『スケバン刑事』ですッΣ(゜д゜|||)

昔読んだことはあるのですが、借りたものなので手元にはなく・・・・。
本当に面白かったので、もう一度読みたいんですけどねぇ。
「絶対あるはず!」と思っていたので、置いてないのが意外でした。

作者の和田慎二さんが、発行元の白泉社と訣別したことにより、著作権をすべて引き上げたらしいので、ひょっとしたら、その辺りの関係で本自体が手に入りにくい状態になっているのかもしれません・・・・_| ̄|○

あ、でも確か別の出版社から発売されてたから、そっちの本を置いてあるのかなぁ???
(でもどこだったか忘れました(´Д`;)ヾ マンガ喫茶では、出版社名が分からないと目当ての本を探し出すのは困難ですので、今度調べてから行こうと思います(笑))


もう一つ。
これはココ最近になってから探しているのですが、『悪魔(デイモス)の花嫁』
今年、何と17年ぶりに連載が再開( ̄△ ̄;)
(てか、よく再開したよな・・・・・。)

「まだ出ない」「今月ものってない」・・・と思っているうちに17年も経ってしまったというスゴイマンガです。
そう、最終回でも何でもない、フツーの展開の時に、突如出なくなったんですねぇ(笑)
「未完の大作」と言われ、少女マンガで未完といえばコレ、というほどに、続きを待望しているファンの多い作品でもありました。

私はすっかり忘れていたのですが、連載再開という話を聞き、久々に読みたくなって探し始めたところ、やっぱり無い(笑)

yahooのオンラインコミックにラインナップされていたので、一巻だけ読んだのですが、もちろん有料でして。
しかも、ダンナがコツコツと貯めていたyahooのポイントで買っちゃったもので(爆)、内緒にはしていたのですが、やっぱりバレて、予想通りダンナに

「ちいすけ、この『悪魔の花嫁』って!? 何勝手に購入してんのッヽ(`Д´)ノ」

と怒られてしまいました・・・・_| ̄|○

購入するの、一巻だけで止めておいてよかった(笑)

でも、マンガ喫茶に無いんですよねぇ・・・・・・・・。
クリックするだけで読めるという誘惑に、いつまで耐えられるのでしょうか・・・・?

2007/09/28 03:14 | Comments(0) | TrackBack(0) | コミック・漫画・アニメ
少女マンガは面白い
久々の本、というかマンガの話題です。

先日、『戦後少女マンガ史』米沢嘉博著(ちくま文庫)というものを読みました。
もともと1980年頃に出版された本らしく、今回27年ぶりくらいに、ちくま文庫から再発刊されたようです。
筆者の米沢氏は、昨秋急逝されてしまったのですが、「コミックマーケット(略称コミケ)」という同人誌の即売などで有名な、巨大イベントを運営されていた方だそうです。

この本は、少女マンガが、まだ漫画の体裁をとる前の、明治期の少女雑誌の記述から始まり、最終的には1980年までの少女マンガまでが網羅された、通史の形態をとる、唯一の著作だそうです。

出てくる漫画のタイトルを見るだけでも、「よくこんなもん調べたなぁ・・・・」と、ただただ頭が下がるばかり。
米沢氏が触れなければ、そのまま時の彼方に置いていかれてしまったであろうと思われる、聞いたこともないようなタイトルがズラッと並びます。

「知らないタイトルばっかりじゃ、面白くないんじゃない?」
そう思われる方も多いかと思います。
もちろん私も、「う~ん、買ったはいいが、ほとんど知らん漫画しか載っとらん・・・」と思ったのですが、読み始めてみると、コレが面白いのです。

少女マンガの黎明期には、手塚治虫を始め、白土三平や横山光輝、赤塚富士夫、石森章太郎といった、すごい顔ぶれが少女マンガ界をリードしていたということが、まず最初の「へぇ~」。
(言われてみれば、手塚治虫では『リボンの騎士』、横山光輝では『魔法使いサリー』なんかが有名ですね。)

次の「へぇ~」は、少女マンガの作風やテーマの変化でした。

当初は母と子の愛Σ(゜д゜|||)が核となるテーマであったのが、時代が進むに従い、友情が取り上げられ、さらには外国への憧れから、ホームコメディやバレエ漫画が登場。
日本が一億総中流時代になると、貧乏が姿を消したのと引き換えに、誰もが学校へ通うようになった時代背景を映し出すように、学園が舞台に使われるようになります。

そして、黎明期には母と子の涙の再会こそが「幸せ」であった少女マンガは、少女達が物質的に恵まれるようになってきた昭和40年辺りから、その「幸せ」を恋の成就に求めるようになっていったのだそうです。

やっぱりマンガって、世相を反映しているんだなぁと本当に納得。

しかし、1980年頃のマンガって、私はほとんど読んだことがないんですよね。
私がマンガを読み始めたのって、85年頃だったと思います。
もっと知っているマンガがあれば、より楽しめたのかなと残念ですが、逆に、この本によって「やっぱり読んでみよう」と思ったマンガがいくつかあったわけでして。


今日ご紹介するのは、『ポーの一族』萩尾望都著(小学館文庫)。

少女マンガ史上の最高傑作と名高い、さすがに私も当然その存在は知っていたマンガです。

バンパネラ(いわゆる吸血鬼『バンパイア』のことです。萩尾氏が間違えて使ってしまったのが、定着してしまったということみたいです)である「ポー一族」の一人、「エドガー」という少年を中心とする、1740年から1976年までの、約200年間にもわたる、壮大な物語です。

このマンガの存在を知ってから、本当に大分経ちますが(汗)、そして何度も何度も読もうと思っていたのですが、ようやく読みました(´Д`;)ヾ

実は、単行本で多分第一巻だけは、大昔に読んだことがあったと思うのですが、今回読んでみて、主要キャラの一人である、エドガーの妹「メリーベル」が、イキナリ最初に死んだ(というかバンパネラなので『消滅』。銀の杭や銀の銃弾で撃たれると、一瞬にして灰のようになって消えてしまうのです)ことに面食らってしまい・・・・。

「メリーベルってこんなに早く死んだっけ????」

しかし、私の記憶違いではなかったようで、今回読んだのは、マンガ文庫だったのですが、単行本と文庫とでは話の収録順が異なっていたのですね~。

メリーベルの死が当初の並びで置かれていたなら、一見幸せそうな姿から、「永遠の少女」というメリーベルの儚げな美少女振りが、まず読者の心に残ったでしょうし、私の読んだマンガ文庫の並びであれば、もう存在しない、エドガーの愛する只一人の少女であるという面がクローズアップされることになります。

どの話から読んでも楽しめる、多面的で計算しつくされた物語でもあるわけです。

また、いくつかのサイトにありますが、物語の年表を書けてしまうという緻密な構成にも、思わず感動。

しかしこのマンガの魅力は、しっかりとした時代考証に裏打ちされた、緻密な構成だけではなく、「バンパネラ」という、「時の止まってしまった」悲劇を生きるしかない一族の悲哀・苦悩を浮かび上がらせた点にあります。

バンパネラに血を吸われると、その人物もバンパネラになってしまう、というのは他の吸血鬼を扱った作品でも共通のモチーフですが、ポーの一族の新しさの一つは、吸血鬼が成人男性であるという従来のイメージを突き破り、10代の少年少女をその主人公に据え、周囲の人間が老いて死んでゆくのとは対照的に、いつまでも少年のままあり続ける姿を強烈に描いたことにあったのではと思います。

永遠の少年というのは、『ピーターパン』などに代表されるように、ある面では非常に憧れの対象となるわけですが、永遠の少年であり続けなければならないエドガーは、孤独を抱え込み、「死んでも形の残らない」自分、「人間でない」自分、「人間を狩らなければ生きていけない」自分、「何も生み出すことの出来ない」自分、そういった自分が何のために存在するのかを苦悩します。

それでもまだ、メリーベルがいた時には、妹を守るためという意義がありました。
しかし彼女が消滅してしまったとき、エドガーは完全な孤独と対峙することになります。
時を止めてしまったエドガーには、「時間が解決してくれる」ことなど存在しないのです。

エドガー自身、生まれついてのバンパネラではありません。
ですから、まだ人間でいた頃=明日を信じられた頃、を求めずにはいられません。
その頃の記憶は、妹のメリーベルもまた人間であった頃の、幸せな記憶です。

しかし、「ポーの一族」には、バンパネラと化してしまった存在が、もとの人間の姿に戻れる、なんていう都合のよい設定はありません。
バンパネラとなった存在には、永遠にさまよい続けるか、跡形もなく消滅してしまうか、そのどちらかしか残されていないのです。

「年をとらずに生きていけたら・・・・」、思いの深浅はあれ、誰しもが一度は考えることだと思います。
しかし、年をとらないということは、すなわち「生きていない」ということ
バンパネラたちは、鏡に映らず、体温も脈もありません。

そして「生きていない」「時の止まってしまった」孤独から逃れるために人と関わっても、当然同じ時を共有することは出来ず、またバンパネラであることがばれれば、異端視され、殺されてしまう可能性すら否定できません。

「人間でない」自分を、受け入れるしかなかったエドガーの苦悩と諦念は、涙なくしては読めません。
(いや、私は涙は流さなかったんですが・・・・・。でも心の中では泣きましたΣ(゜д゜|||)

「生と死」ってなんだろう、「時」ってなんだろう、そんな深いテーマについて考えさせてくれるマンガでした。

初出は1972年ということで、私の生まれる前に世に出ていたマンガであるにも拘らず、全く古さを感じさせないことにも驚かずにはいられませんでした。

やっぱり名作といわれるマンガは、機会を見つけて読んでみよう!と思った今日この頃なのでした。

次は『ファラオの墓』『王家の紋章』あたりかなぁ・・・・・。
でも『王家の紋章』って、連載30年、未だに続いてるんですよね。
そういや、『ガラスの仮面』(これは一応読んでます)も、30年以上続いてますね・・・。
・・・・・・完結するのか、それ自体が心配です(´Д`;)ヾ

2007/08/30 02:48 | Comments(0) | TrackBack(0) | コミック・漫画・アニメ
そして早速(笑)
我ながら呆れたことに、『ピアノの森』の原作コミックを、もう十巻まで読んでしまいました・・・( ̄Д ̄;)

本当は最新刊の14巻まで読んでから、記事にしようかと思っていたのですが、映画化されたのは6巻の最初まででしたので、映画化された内容に関する記事への補足なども含め、感想なぞ綴ってみたいと思います。

前回、映画に関して「突っ込みどころはたくさんありましたが」という旨のことを書きましたが、そのうちの何点かは、原作ではキチンと説明されているものでした。

まあ、リアリティを重視したいという方には、ちょっと納得のいかない説明もあるかとは思いますが・・・(笑)

例えば「海にしか弾けないピアノ」というのは。
森のピアノを、海は三歳から毎朝毎晩弾き続けていた(ここまでは映画でも使われていた説明ですが)。
→タダでさえ鍵盤の仕様が重い上に、実は森のピアノは、日々壊れつつあった。だから出なくなっていく音を消してしまわないようにするため、逆に海の指は自然と鍛えられたので、彼にしか音を出すことが出来なくなってしまっていた。

ゆえに「ショパンだけが弾けない」というのは。
ショパンは柔軟性なども必要で、指の力だけでは弾けない(ここまでは映画中でも音楽教師の阿字野のセリフにありました)。
→つまり、弾きこなすのにそもそも強い力を必要とする森のピアノでは、ショパンを弾くということ自体が無理だった。
→しかも、海にとってショパンとの出会いは特別なものだったので、その伏線でもあった

他にも、実はピアノは雨ざらしではなく、雨が降ったときには、海がちゃんとカバーを掛けにいっていたとか、細かい説明は色々ありました。

まあ、原作の全ての要素を映画に入れ込むわけにはいかないので、取捨選択は必要ですしね。
ただ、もうちょっと「ショパンだけが・・・」のセリフには、分かりやすい説明を入れて欲しかったかなぁ。
今思えば、映画の中でもそれなりに伏線は張られていたように思うのですが、原作を読まなかったら、それが伏線であったことにも気付かないままでした(´Д`;)ヾ

で、映画は浦沢直樹氏が描くようなキャラクターだと思ったのですが(笑)、原作はもうちょっと素朴な感じというか、線の太い感じというか、いずれにせよ、浦沢氏の画風とは全く違いました(汗)

他にも、原作は青年誌に連載されているので、結構どギツイところもあるのですが(海の住むところが、周辺住民からは避けられているような、いわゆる色街であるとか。映画ではそこまでロコツではなかったです)、映画は子供の鑑賞を意識してか、かなり健全な内容になっていたんだなあという点も、新しい発見でした。

ですが、筋自体は原作にかなり忠実な映画だったと思います。
確かに、海のピアノと生活環境って、かなり関係が深いので、端折ることによって話が薄くなる部分はあるんですけど。
まあ、映画で扱っているストーリーの範囲内では、なくても影響はなかったですし。

しかもマンガではつけられない「音」を、あれだけ高いレベルで示しているという点だけでも、映画化した意義は十分あったんじゃないかな、と。

で、再び原作の話なのですが、連載当初から、結構先の話を想定して描かれていたのかな、と思える計算された展開で、先に映画の方に入れ込んでしまった私のような人間も、素直に面白いと思えるものでした。
というか、かなりハマッたというのが正確だと思います( ̄ー ̄)
もちろん映画のイメージが崩れるということもなかったですし、むしろ話の密度自体は、どうしたって原作の方が上ですからね。

クラシック音楽を題材にしたマンガといえば、何といっても『のだめカンタービレ』でしょうし、私も大好きな作品ですが、『のだめ』が完全に音楽を中心とした構成で、演奏や解釈、作画に関しても相当のリアリティを追求しているのに対して、『ピアノの森』ではクラシックに対してそこまでの厳密な描写はされていません

クラシックの専門家からは、恐らく「描写が感覚的で、客観的・理論的な根拠に乏しい」なんていうような評価がされてしまうこともあるんじゃないかと想像できます。

が、『ピアノの森』は、海と修平の成長譚であるという点に重点があるように思いますし、だからといって舞台装置がピアノ以外のものに置き換えられるのか、といえばそれはやはりピアノであるからこそ意味があるとも思います。

なので、これは私の憶測で、調べたわけではありませんが、多分『ピアノの森』は『のだめ』ほどクラシックの専門家からは評価されていないのでは?と思われます。
が、「現実にどれだけ忠実か」という点で作品の価値が決まるわけではありませんし、現に『のだめ』だってリアリティの部分だけが評価されている作品ではありません。

もし、クラシックを題材としているとは言っても、そんな厳密じゃないって聞いたし・・・というような理由で、『ピアノの森』を手にすることをためらっている方がいらっしゃいましたら、是非とも「クラシックのことを描いたマンガだ」という視点を捨てて、「ピアノの出てくるマンガだ」位の気持で読まれることをオススメしますよッ(*´▽`*)

読む機会があるのに、もしくは読んでみようかなという気持があるのに、手を出しかねているというのであれば、それはとても勿体無いことだと思います~。


さて、明日の時点で、『ピアノの森』が14巻まで揃ってしまっていることは疑いありません・・・((((゜Д゜;))))
でも、これだけ一気に読んじゃうと、今度は続きが発売されるまでの間が悶々として辛いんですよね・・・(;´д⊂)

あぁ、それにしても11巻以降が気になります。
何で一緒に買わなかったのか・・・・_| ̄|○
・・・って、いや、さすがに持って帰るのが重いからなんですけどね。
いい年こいて子供みたいですが、読むことの出来る続きがあると思うと、気になって眠れません・・・ヽ(;´Д`)ノ

2007/07/27 03:18 | Comments(0) | TrackBack(0) | コミック・漫画・アニメ

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