今回は珍しく、本格推理系には手を出さず、ちょっと硬派(・・・なんだろうか)な作品を読んでみました。
まずは
『氷壁』 井上靖 (新潮文庫)
今更なぜ井上靖なのか、自分でも分かりませんが、先日買ったまま読まずに放置していたので手に取りました。
タイトルどおり、山岳小説です。
主人公の魚津は、会社員として日常を送る一方で、若手の登山家としても活動する人物。
学生時代からの友人小坂と冬の穂高登頂を目指します。
しかし、切れるはずのないナイロンザイルが切れ、魚津の目の前で小坂は転落死。
原因はザイルの欠陥なのか、それとも技術的なミスか、あるいは魚津が切ったのか・・・?
あらゆる可能性に、マスコミも興味本位の憶測記事を書き連ねます。
しかし穂高登攀の前から、実は小坂は美那子という人妻に恋慕しており、叶わぬ恋に心をもてあましていました。
美那子は、それゆえ自分のせいで小坂が自殺したのではないかとおののきます。
魚津は、美那子の言葉によって、初めて小坂の自殺の可能性を示唆されますが、登山家である小坂が自殺などという、山を汚すような行為を行うはずはない、ザイルはその欠陥によって切れたのだと主張。
そんな魚津の言葉に、美那子は、魚津が自分の立場を慮って、小坂の自殺を否定しているのだと考え(美那子の一方的な思い込みですが)、魚津に複雑な恋情めいたものを感じ始めます。
魚津も、美那子に何も感じていないとのポーズをとりながらも、内心惹かれていく自分を意識し始めます。
そんな折、魚津は小坂の妹かおるから求婚されます。
魚津は、美那子への恋情を秘めながらも、かおると自分は結婚しなければならないという使命感に似たものを感じ、かおるとの人生を始める踏ん切りをつけるため、また、かおるとの結婚を小坂に知らせるため、再度小坂の命を奪った穂高への単独行に赴きます。
しかし魚津は落石に遭遇し、後退か前進かの選択を余儀なくされてしまうのです。
後退は美那子を、前進はかおるを意味しています。
魚津の運命はどうなるのか。
また、ザイルの謎は?
という、山を中心に、男女の複雑な心理、また男の友情などが絡み合い展開していく、なかなか読み応えのある小説でした。
井上靖さんの小説は、それほど数は読んでいないのですが、ドラマチックな展開が多く、いつも途中で止められず、一気に読んでしまいます。
ただ、もちろん好みの問題ですが、『氷壁』よりは、『あすなろ物語』とか『敦煌』とかの方が面白かったかな??←読んだのがあまりに前で、詳細は全く記憶していませんが・・・
山岳小説といえば、『国家の品格』で一躍時の人となった、藤原正彦さんのお父上である、新田次郎の『孤高の人』(新潮文庫)も名作ですね~。
最初は、「地味そうだし、どうかな・・・・」と思って読み始めたのですが、上下巻があっという間で、「地味」なんていう印象を抱いた事が申し訳なかったことを覚えています(笑)
そういや私の知り合いに、この小説を「臨場感をもちながら読みたいと思って」という理由で、真冬に窓を全開にして読みふけり、ひどい風邪を引いたというヘンな人がいました・・・・Σ(゜д゜|||)
そんなフリークを生み出してしまうくらいに、『孤高の人』はオススメです(笑)
しかし、同じ山岳小説でも、『八甲田山死の彷徨』には、さすがに手が伸びませんでした。
モデルになってる事件を考えれば、重いの分かってるもんな・・・・。
というわけで、新田次郎は後にも先にも『孤高の人』しか読んでません(;´д⊂)
次は
『カーテンコール』 黒井千次(講談社文庫)
黒井千次氏は、文壇の重鎮で、芥川賞の審査員なども務めておられる方です。
といっても、小説をキチンと読んだのは今回が初めてです・・・(⊃д⊂)
これは、読売文学賞受賞作という点に惹かれて手に取りました。
最近まであまり意識していなかったのですが、ある方の「読売文学賞って、大物が受賞するような、すごい権威を感じますよね」という言葉に、「おぉそういえば確かに」と思い、注目するようになりました。
そしてその言葉どおり、読売文学賞の受賞者は、錚々たる面々です。
昔の受賞者のほとんどが、文学史上に名を残している人ばかりですし、ここ20年でも、筒井康隆や津島佑子(太宰治の娘ですね)、大江健三郎、司馬遼太郎に村上龍といった、ビッグネームばかりです。
最近では、『嵐が丘』を日本に移植したようなドラマチックな小説である、『本格小説』(水村美苗)や、映画化などでも話題となった『博士の愛した数式』(小川洋子)が受賞しています。
とまあ、手堅い文学作品に贈られるのが、この読売文学賞なわけですね。ミステリでいう、日本推理作家協会賞でしょうか。
で、『カーテンコール』ですが。
珍しく新劇界を舞台にした作品です。
主人公は、劇作家の中年男性と、彼の作品に主演する新進女優。
マナコという役を通して、作家と女優が結び付けられ、とうとう不倫の仲になってしまいます。
構成自体も考え抜かれていますし、作品を生み出す苦悩の描写なんかは、作者自身の実体験に基づいているんだろうな、というすごい説得力もあります。
また、ストーリーも収束点が予想できるにも拘わらず、グイグイ引っ張られるように読み進めさせられてしまう辺り、やはりさすがって感じなのですが。
一言。
「こんな愛人として都合がよい上に可愛い20代女性なんて、いません」
天下の黒井千次先生に、神をも恐れぬ暴言を吐いてしまいましたが・・・・・((((゜Д゜;))))
『失楽園』(渡辺淳一)のヒロインに抱いたのと、まったく同じ印象を持ってしまいました(笑)
女性の側から言えば、感情移入しにくいヒロインだと思います。
オジサマ達に向けた、一種のファンタジー小説・・・・!?
但し、『カーテンコール』は『失楽園』のような、ほとんどポルノ小説じゃん?という内容ではありませんので、念のため。
今日の締めは
『行きずりの街』 志水辰夫(新潮文庫)
初・志水辰夫。
そして久しぶりのハードボイルドです(笑)
しかし、読むたびに思うのですが、ハードボイルドってすごい展開ですよね・・・・。
男のロマンが凝縮されているのでしょうか・・・。
この本だって、主人公は塾講師ですよ??
ハードボイルドする塾講師Σ(゜д゜|||)
しかも国語科らしい・・・・
志水辰夫さんの小説は、主人公がデブハゲ男だったりして、およそハードボイルドらしからぬ展開である事も多いようなのですが、この本は王道でした!
些細な事から、面倒ごとに巻き込まれる主人公。
しかし使命感と、真実を知りたいという思いから、次第に事件の深部へと入り込んでいきます。
次第に明らかになる闇の組織と、その陰謀。
お約束どおり、人質を取られ、自らも囚われの身になり、殺されかける主人公。
しかし、「おいおいおいおい、そんなことしたら危ないってばッΣ(゜д゜|||)」という読者の心配をよそに、大胆な作戦で九死に一生を得ます(笑)
そして幾多の困難を乗り越え、過去をも見事に清算し、主人公は新たな人生のスタートを歩むのでした。
あらすじを書くと、「おい」って感じですが、かなり面白いです。
もともとハードボイルドってある程度は、前にご紹介したハーレクインと同じで、大枠において踏襲しておかなくてはならないお約束っていうのがありますから、それを踏み外さずに、いかにスリルに満ちたストーリーを構築できるのか、という勝負だと思うのです。
ま、エラソーなこと言ってますが、あんまり数は読んでないんですけどね・・・。
覚えている限りでは、高村薫さんとか、私立探偵フィリップ・マーロウのシリーズ『さらば愛しき人よ』なんかでおなじみの、レイモンド・チャンドラーとか、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』とか、そんな程度ですが・・・。
しかし、数少ないサンプルの中からも、以下の法則を見出す事はできます(笑)
ハードボイルドの条件。(くどいですが、私の勝手な意見です、念のため)
1.男はカバンなど持ってはいけない。
(常に身軽に。追っ手から逃げるときに、荷物をホイホイ集めたりしてはいけないのです)
2.男は過去にキズを負っていなければならない。
(そのキズのせいで、女性不信になっていればなお可)
3.男は生活には困っていないが、かといって金持ちであってはならない。
(金のために仕事をしているように見えたら、ハードボイルドではない)
4.男はどんな美女に言い寄られても、それを歯牙にもかけず、振らなくてはならない。
(美女にデレデレしているのはハードボイルドの風上にもおけません)
5.男は窮地に陥ったとき、命を捨てるかのような大胆な作戦によって、その場を潜り抜けなければならない。
(もっと簡単に抜け出す方法もありそうなのに、敢えて困難を選ぶのです)
う~ん。
ロマン?なのかな(;゜д゜)
まずは
『氷壁』 井上靖 (新潮文庫)
今更なぜ井上靖なのか、自分でも分かりませんが、先日買ったまま読まずに放置していたので手に取りました。
タイトルどおり、山岳小説です。
主人公の魚津は、会社員として日常を送る一方で、若手の登山家としても活動する人物。
学生時代からの友人小坂と冬の穂高登頂を目指します。
しかし、切れるはずのないナイロンザイルが切れ、魚津の目の前で小坂は転落死。
原因はザイルの欠陥なのか、それとも技術的なミスか、あるいは魚津が切ったのか・・・?
あらゆる可能性に、マスコミも興味本位の憶測記事を書き連ねます。
しかし穂高登攀の前から、実は小坂は美那子という人妻に恋慕しており、叶わぬ恋に心をもてあましていました。
美那子は、それゆえ自分のせいで小坂が自殺したのではないかとおののきます。
魚津は、美那子の言葉によって、初めて小坂の自殺の可能性を示唆されますが、登山家である小坂が自殺などという、山を汚すような行為を行うはずはない、ザイルはその欠陥によって切れたのだと主張。
そんな魚津の言葉に、美那子は、魚津が自分の立場を慮って、小坂の自殺を否定しているのだと考え(美那子の一方的な思い込みですが)、魚津に複雑な恋情めいたものを感じ始めます。
魚津も、美那子に何も感じていないとのポーズをとりながらも、内心惹かれていく自分を意識し始めます。
そんな折、魚津は小坂の妹かおるから求婚されます。
魚津は、美那子への恋情を秘めながらも、かおると自分は結婚しなければならないという使命感に似たものを感じ、かおるとの人生を始める踏ん切りをつけるため、また、かおるとの結婚を小坂に知らせるため、再度小坂の命を奪った穂高への単独行に赴きます。
しかし魚津は落石に遭遇し、後退か前進かの選択を余儀なくされてしまうのです。
後退は美那子を、前進はかおるを意味しています。
魚津の運命はどうなるのか。
また、ザイルの謎は?
という、山を中心に、男女の複雑な心理、また男の友情などが絡み合い展開していく、なかなか読み応えのある小説でした。
井上靖さんの小説は、それほど数は読んでいないのですが、ドラマチックな展開が多く、いつも途中で止められず、一気に読んでしまいます。
ただ、もちろん好みの問題ですが、『氷壁』よりは、『あすなろ物語』とか『敦煌』とかの方が面白かったかな??←読んだのがあまりに前で、詳細は全く記憶していませんが・・・
山岳小説といえば、『国家の品格』で一躍時の人となった、藤原正彦さんのお父上である、新田次郎の『孤高の人』(新潮文庫)も名作ですね~。
最初は、「地味そうだし、どうかな・・・・」と思って読み始めたのですが、上下巻があっという間で、「地味」なんていう印象を抱いた事が申し訳なかったことを覚えています(笑)
そういや私の知り合いに、この小説を「臨場感をもちながら読みたいと思って」という理由で、真冬に窓を全開にして読みふけり、ひどい風邪を引いたというヘンな人がいました・・・・Σ(゜д゜|||)
そんなフリークを生み出してしまうくらいに、『孤高の人』はオススメです(笑)
しかし、同じ山岳小説でも、『八甲田山死の彷徨』には、さすがに手が伸びませんでした。
モデルになってる事件を考えれば、重いの分かってるもんな・・・・。
というわけで、新田次郎は後にも先にも『孤高の人』しか読んでません(;´д⊂)
次は
『カーテンコール』 黒井千次(講談社文庫)
黒井千次氏は、文壇の重鎮で、芥川賞の審査員なども務めておられる方です。
といっても、小説をキチンと読んだのは今回が初めてです・・・(⊃д⊂)
これは、読売文学賞受賞作という点に惹かれて手に取りました。
最近まであまり意識していなかったのですが、ある方の「読売文学賞って、大物が受賞するような、すごい権威を感じますよね」という言葉に、「おぉそういえば確かに」と思い、注目するようになりました。
そしてその言葉どおり、読売文学賞の受賞者は、錚々たる面々です。
昔の受賞者のほとんどが、文学史上に名を残している人ばかりですし、ここ20年でも、筒井康隆や津島佑子(太宰治の娘ですね)、大江健三郎、司馬遼太郎に村上龍といった、ビッグネームばかりです。
最近では、『嵐が丘』を日本に移植したようなドラマチックな小説である、『本格小説』(水村美苗)や、映画化などでも話題となった『博士の愛した数式』(小川洋子)が受賞しています。
とまあ、手堅い文学作品に贈られるのが、この読売文学賞なわけですね。ミステリでいう、日本推理作家協会賞でしょうか。
で、『カーテンコール』ですが。
珍しく新劇界を舞台にした作品です。
主人公は、劇作家の中年男性と、彼の作品に主演する新進女優。
マナコという役を通して、作家と女優が結び付けられ、とうとう不倫の仲になってしまいます。
構成自体も考え抜かれていますし、作品を生み出す苦悩の描写なんかは、作者自身の実体験に基づいているんだろうな、というすごい説得力もあります。
また、ストーリーも収束点が予想できるにも拘わらず、グイグイ引っ張られるように読み進めさせられてしまう辺り、やはりさすがって感じなのですが。
一言。
「こんな愛人として都合がよい上に可愛い20代女性なんて、いません」
天下の黒井千次先生に、神をも恐れぬ暴言を吐いてしまいましたが・・・・・((((゜Д゜;))))
『失楽園』(渡辺淳一)のヒロインに抱いたのと、まったく同じ印象を持ってしまいました(笑)
女性の側から言えば、感情移入しにくいヒロインだと思います。
オジサマ達に向けた、一種のファンタジー小説・・・・!?
但し、『カーテンコール』は『失楽園』のような、ほとんどポルノ小説じゃん?という内容ではありませんので、念のため。
今日の締めは
『行きずりの街』 志水辰夫(新潮文庫)
初・志水辰夫。
そして久しぶりのハードボイルドです(笑)
しかし、読むたびに思うのですが、ハードボイルドってすごい展開ですよね・・・・。
男のロマンが凝縮されているのでしょうか・・・。
この本だって、主人公は塾講師ですよ??
ハードボイルドする塾講師Σ(゜д゜|||)
しかも国語科らしい・・・・
志水辰夫さんの小説は、主人公がデブハゲ男だったりして、およそハードボイルドらしからぬ展開である事も多いようなのですが、この本は王道でした!
些細な事から、面倒ごとに巻き込まれる主人公。
しかし使命感と、真実を知りたいという思いから、次第に事件の深部へと入り込んでいきます。
次第に明らかになる闇の組織と、その陰謀。
お約束どおり、人質を取られ、自らも囚われの身になり、殺されかける主人公。
しかし、「おいおいおいおい、そんなことしたら危ないってばッΣ(゜д゜|||)」という読者の心配をよそに、大胆な作戦で九死に一生を得ます(笑)
そして幾多の困難を乗り越え、過去をも見事に清算し、主人公は新たな人生のスタートを歩むのでした。
あらすじを書くと、「おい」って感じですが、かなり面白いです。
もともとハードボイルドってある程度は、前にご紹介したハーレクインと同じで、大枠において踏襲しておかなくてはならないお約束っていうのがありますから、それを踏み外さずに、いかにスリルに満ちたストーリーを構築できるのか、という勝負だと思うのです。
ま、エラソーなこと言ってますが、あんまり数は読んでないんですけどね・・・。
覚えている限りでは、高村薫さんとか、私立探偵フィリップ・マーロウのシリーズ『さらば愛しき人よ』なんかでおなじみの、レイモンド・チャンドラーとか、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』とか、そんな程度ですが・・・。
しかし、数少ないサンプルの中からも、以下の法則を見出す事はできます(笑)
ハードボイルドの条件。(くどいですが、私の勝手な意見です、念のため)
1.男はカバンなど持ってはいけない。
(常に身軽に。追っ手から逃げるときに、荷物をホイホイ集めたりしてはいけないのです)
2.男は過去にキズを負っていなければならない。
(そのキズのせいで、女性不信になっていればなお可)
3.男は生活には困っていないが、かといって金持ちであってはならない。
(金のために仕事をしているように見えたら、ハードボイルドではない)
4.男はどんな美女に言い寄られても、それを歯牙にもかけず、振らなくてはならない。
(美女にデレデレしているのはハードボイルドの風上にもおけません)
5.男は窮地に陥ったとき、命を捨てるかのような大胆な作戦によって、その場を潜り抜けなければならない。
(もっと簡単に抜け出す方法もありそうなのに、敢えて困難を選ぶのです)
う~ん。
ロマン?なのかな(;゜д゜)
PR
昨日、初めて歌野晶午さんの本を読みました。
タイトルは『葉桜の季節に君を想うということ』。
文春文庫の新刊です。
この本は、内容に下手に触れてしまいますと、これから読もうと思っている方の気持を削いでしまうことにもなりかねないので、ご紹介するのが結構難しいのですが・・・。
読んでいる最中に、ほんの些細な記述ではあるのですが、「ん?」とひっかかる箇所が現われてきます。
ストーリー展開の中心部分ではなく、主人公のふとした行動の描写であったり、何気なく使われた引用の表現だったりするところにです。
このひっかかりが、読了すると「あ~、だからそういう風に書いてあったのか~」と思わず納得。
そして、引っかかった箇所にさかのぼっては、思わず「クスリ」と笑ってしまうのです。
物語自体は、現在と過去とがオーバーラップしながら、時には主人公以外の人物の視点も交えて、テンポよく進んでいきます。
高額商品を売りつける詐欺の実態や、それに付随する高齢者問題、高額債務者の問題などにも触れられ、社会の暗部が抉り出される一方で、爽快な青春譚が展開していくという、一級のエンターテイメント作品です。
ラストには二重のどんでん返しが用意されていて、その辺りはミステリのお約束もきちんと踏襲されているという、なかなかサービス精神にも溢れた一冊。
傾向でいうと、本格推理というよりは、最近の東野圭吾さんの路線に近いかな・・・。
(東野圭吾さんは、初期の作品は本格推理中心でしたので、あくまで最近の作品)
ただ、東野作品のような、重い(重いのが悪いといっているわけではありません(⊃д⊂))とか、救いようがないといった感じは無く、もう少し爽快感があるかと思います。
さて、私は歌野晶午さんの本を初めて読んだわけですが、なぜ(ある意味今更・・・)手に取ったのかと申しますと、本の帯に
2004年版このミステリーがすごい! 第1位
2004本格ミステリベスト10 第1位
第57回日本推理作家協会賞受賞
第4回本格ミステリ大賞受賞
と、 まあ、錚々たる受賞歴が載っていたからなのですね~。
私が中でも興味を惹かれるのは、日本推理作家協会賞。
この賞は、その年に発表された推理小説(というか、ミステリなら幅広く対象になっています)に与えられるものなのですが、受賞作品で外れっていうのは、まずほとんどありません。
ただ、一度受賞した作家の再受賞は禁じられているので、厳密な意味でその年の「一番」なのか、といわれると、確かに疑問を感じることも無くはないのですが・・・。
第一回の受賞者は、恐らくそれまでの推理小説界への貢献に対する功労賞の意味もあったのでしょうが、横溝正史『本陣殺人事件』。
第二回は、先日ブログでもご紹介した、坂口安吾の『不連続殺人事件』。
また最近の受賞者はといいますと、宮部みゆき・有栖川有栖・綾辻行人・東野圭吾・伊坂幸太郎・菅浩江・北村薫・・・・・と、錚々たる面々。(敬称略)
私のイチオシミステリである、天藤真さんの『大誘拐』も受賞作品です。
客観的にみても、かなり手堅い作品を選ぶ賞だといえるかと思います。
(故・中島らもさんが、『ガダラの豚』で受賞されてるのは驚きですが。ミステリのテイストがあれば、厳密なジャンルは問わないという授賞姿勢が顕著に現われている例ですね。
ちなみに『ガダラの豚』は、すごく面白いです。ハチャメチャなのに、すごく巧い!といっても何年も前に読んだので、詳細な記憶はとっくに吹っ飛んでます・・・)
ミステリで権威のある賞といえば、もう一つ江戸川乱歩賞が上げられます。
こちらは、刊行された作品が対象ではなく、公募作品から選ばれるものなので、受賞者は自動的に無名の新人になるわけですが、読者の側からすると、掘り出し物を見つけられるという、ちょっとした優越感を味わう事ができます(!?)
この賞の受賞をきっかけに有名になった作家さんの中には、大御所・西村京太郎氏の他、東野圭吾・栗本薫・福井敏晴・桐野夏生・岡嶋二人各氏ら、やはり現在を代表する方々が多くいます。
(岡嶋二人さんは、二名の合作ペンネームでして、今は解散しています。今はそのうちのお一人が、井上夢人の名で書いていらっしゃいます)
ただ、個人的な感想としては、上にお名前を挙げた方は、受賞後の作品にも面白いものが多く、むしろほとんどの方が、代表作といわれる作品は、乱歩賞受賞以後のものであるといえると思うのですが、中には、乱歩賞受賞作がピークで、それ以後は正直「・・・・・・・・・・」で終わってしまっている方も結構いらっしゃるかな・・・と。
その点では、日本推理作家協会賞の方が、一定の地位を築いている方が受賞されるパターンが多いということで、受賞作以外の作品も安心して読める気がします。
さて、ミステリマニアは、以上の二つの賞に注目しているわけですが、もう一つ、決して忘れてはならない賞が存在します。
よく「このミス」と略されている、「このミステリがすごい!」も、当然無視できませんので、私は「このミス第○位」という帯にも釣られて、頻繁に購入するのですが(笑)、ここでいう忘れてはならない賞とはそれではありません。
「メフィスト賞」という、講談社が主催している、幅広くミステリを対象に選ばれる賞の事です。
なぜ、コレを無視できないか。
答えは簡単。
賞の選定がマニアックだからですッΣ(゜д゜|||)
ハッキリいって、この賞に権威があるのかは存じ上げません・・・。
ただ、全国のミステリマニアが注目している事は間違いなく、それ故、話題性は十分。
主催が講談社という、メジャーどころでは、最もミステリに力をいれている出版社という事もありますし。
今までに選ばれている作家も、まず間違いなくミステリを読む人間じゃないと知らないだろう、というかなりディープな面々。
以下に挙げる作家名のうち、3人以上知っていたら(読んでいなくても可)、ミステリマニアの資格があるといってもいいかと思います。
森博嗣(この方は、名大の工学部の助教授ということでも有名。作品の刊行ペースが異常に早いです。)
清涼院流水(「清涼飲料水」をもじったペンネームらしいです・・・・。スミマセン、私はこの方の小説はあらゆる意味で読めません。気になる方はご一読下さい)
高田崇史(ここに挙げる名前では、私のイチオシ。QEDシリーズがおすすめ。それ以外のシリーズは・・・より好き嫌いが分かれそう(笑))
霧舎巧(正統派かな。私は結構好きです。ちょっと青臭い感じはしますが・・・)
殊能将之(作品ごとに作風が全く違うところが面白いです。『ハサミ男』か『美濃牛』が代表作かな?)
西尾維新(未読。講談社文庫の表紙を見てしまうと、手に取るのをためらいます・・・(笑))
舞城王太郎(一度、ここでもご紹介してます。この方も作品は選びますがおすすめ。)
・・・・・と、受賞後も精力的に作品を発表されている方を中心に名前を挙げてみましたが、何人くらいの名前をご存知でしたか?
一人も知らない、という方が、恐らく平均的な日本人だと思います・・・・。
ミステリは特殊なジャンルですから、本好きでも、「ミステリだけは読まない」という方も珍しくないですしね。
メフィスト賞は、ミステリマニアになりたい!という奇特な方にオススメの賞なので、この辺から始めれば、おのずとマニアへの道は拓けてくるかと思いますΣ(゜д゜|||)
(ただ本当にマニアックなので、ミステリを読んだ事のない人が、いきなりこのラインから入ると、拒絶反応を起こす確率の方が高い事も申し添えておきます。恐らく、日本推理作家協会賞受賞作から入るのが、まっとうな人間の歩む道だと思われます。)
ということで、私はミステリを買う場合には、今まで読んでいて面白かった方のは、まあ継続して新刊が出るたびに購入するのですが、他のも読みたいな~、と思ったときには、迷わず受賞作に手を出すわけです。
・・・・・・・・・皆さん受賞作を目安にすると思いますので、なんら目新しい選び方ではないのですが_| ̄|○
ただ、ミステリの賞の中でも色々と傾向がありますので、今後の参考になれば幸いです(笑)
【オマケ】
今日、道を歩いていたら、飲食店の前に、従業員募集の張り紙がありました。
職種:厨房(経験不可)
・・・・・・・・・え!?経験不可!?
思わず爆笑してしまいました。
多分、経験不問のつもりだと思うのですが・・・・。
未経験者不可、ともとれるけど。
ま、常識的に考えて、経験者を取らないってことはないと思います。
いい人がくるといいですな・・・Ψ(`∇´)Ψ
タイトルは『葉桜の季節に君を想うということ』。
文春文庫の新刊です。
この本は、内容に下手に触れてしまいますと、これから読もうと思っている方の気持を削いでしまうことにもなりかねないので、ご紹介するのが結構難しいのですが・・・。
読んでいる最中に、ほんの些細な記述ではあるのですが、「ん?」とひっかかる箇所が現われてきます。
ストーリー展開の中心部分ではなく、主人公のふとした行動の描写であったり、何気なく使われた引用の表現だったりするところにです。
このひっかかりが、読了すると「あ~、だからそういう風に書いてあったのか~」と思わず納得。
そして、引っかかった箇所にさかのぼっては、思わず「クスリ」と笑ってしまうのです。
物語自体は、現在と過去とがオーバーラップしながら、時には主人公以外の人物の視点も交えて、テンポよく進んでいきます。
高額商品を売りつける詐欺の実態や、それに付随する高齢者問題、高額債務者の問題などにも触れられ、社会の暗部が抉り出される一方で、爽快な青春譚が展開していくという、一級のエンターテイメント作品です。
ラストには二重のどんでん返しが用意されていて、その辺りはミステリのお約束もきちんと踏襲されているという、なかなかサービス精神にも溢れた一冊。
傾向でいうと、本格推理というよりは、最近の東野圭吾さんの路線に近いかな・・・。
(東野圭吾さんは、初期の作品は本格推理中心でしたので、あくまで最近の作品)
ただ、東野作品のような、重い(重いのが悪いといっているわけではありません(⊃д⊂))とか、救いようがないといった感じは無く、もう少し爽快感があるかと思います。
さて、私は歌野晶午さんの本を初めて読んだわけですが、なぜ(ある意味今更・・・)手に取ったのかと申しますと、本の帯に
2004年版このミステリーがすごい! 第1位
2004本格ミステリベスト10 第1位
第57回日本推理作家協会賞受賞
第4回本格ミステリ大賞受賞
と、 まあ、錚々たる受賞歴が載っていたからなのですね~。
私が中でも興味を惹かれるのは、日本推理作家協会賞。
この賞は、その年に発表された推理小説(というか、ミステリなら幅広く対象になっています)に与えられるものなのですが、受賞作品で外れっていうのは、まずほとんどありません。
ただ、一度受賞した作家の再受賞は禁じられているので、厳密な意味でその年の「一番」なのか、といわれると、確かに疑問を感じることも無くはないのですが・・・。
第一回の受賞者は、恐らくそれまでの推理小説界への貢献に対する功労賞の意味もあったのでしょうが、横溝正史『本陣殺人事件』。
第二回は、先日ブログでもご紹介した、坂口安吾の『不連続殺人事件』。
また最近の受賞者はといいますと、宮部みゆき・有栖川有栖・綾辻行人・東野圭吾・伊坂幸太郎・菅浩江・北村薫・・・・・と、錚々たる面々。(敬称略)
私のイチオシミステリである、天藤真さんの『大誘拐』も受賞作品です。
客観的にみても、かなり手堅い作品を選ぶ賞だといえるかと思います。
(故・中島らもさんが、『ガダラの豚』で受賞されてるのは驚きですが。ミステリのテイストがあれば、厳密なジャンルは問わないという授賞姿勢が顕著に現われている例ですね。
ちなみに『ガダラの豚』は、すごく面白いです。ハチャメチャなのに、すごく巧い!といっても何年も前に読んだので、詳細な記憶はとっくに吹っ飛んでます・・・)
ミステリで権威のある賞といえば、もう一つ江戸川乱歩賞が上げられます。
こちらは、刊行された作品が対象ではなく、公募作品から選ばれるものなので、受賞者は自動的に無名の新人になるわけですが、読者の側からすると、掘り出し物を見つけられるという、ちょっとした優越感を味わう事ができます(!?)
この賞の受賞をきっかけに有名になった作家さんの中には、大御所・西村京太郎氏の他、東野圭吾・栗本薫・福井敏晴・桐野夏生・岡嶋二人各氏ら、やはり現在を代表する方々が多くいます。
(岡嶋二人さんは、二名の合作ペンネームでして、今は解散しています。今はそのうちのお一人が、井上夢人の名で書いていらっしゃいます)
ただ、個人的な感想としては、上にお名前を挙げた方は、受賞後の作品にも面白いものが多く、むしろほとんどの方が、代表作といわれる作品は、乱歩賞受賞以後のものであるといえると思うのですが、中には、乱歩賞受賞作がピークで、それ以後は正直「・・・・・・・・・・」で終わってしまっている方も結構いらっしゃるかな・・・と。
その点では、日本推理作家協会賞の方が、一定の地位を築いている方が受賞されるパターンが多いということで、受賞作以外の作品も安心して読める気がします。
さて、ミステリマニアは、以上の二つの賞に注目しているわけですが、もう一つ、決して忘れてはならない賞が存在します。
よく「このミス」と略されている、「このミステリがすごい!」も、当然無視できませんので、私は「このミス第○位」という帯にも釣られて、頻繁に購入するのですが(笑)、ここでいう忘れてはならない賞とはそれではありません。
「メフィスト賞」という、講談社が主催している、幅広くミステリを対象に選ばれる賞の事です。
なぜ、コレを無視できないか。
答えは簡単。
賞の選定がマニアックだからですッΣ(゜д゜|||)
ハッキリいって、この賞に権威があるのかは存じ上げません・・・。
ただ、全国のミステリマニアが注目している事は間違いなく、それ故、話題性は十分。
主催が講談社という、メジャーどころでは、最もミステリに力をいれている出版社という事もありますし。
今までに選ばれている作家も、まず間違いなくミステリを読む人間じゃないと知らないだろう、というかなりディープな面々。
以下に挙げる作家名のうち、3人以上知っていたら(読んでいなくても可)、ミステリマニアの資格があるといってもいいかと思います。
森博嗣(この方は、名大の工学部の助教授ということでも有名。作品の刊行ペースが異常に早いです。)
清涼院流水(「清涼飲料水」をもじったペンネームらしいです・・・・。スミマセン、私はこの方の小説はあらゆる意味で読めません。気になる方はご一読下さい)
高田崇史(ここに挙げる名前では、私のイチオシ。QEDシリーズがおすすめ。それ以外のシリーズは・・・より好き嫌いが分かれそう(笑))
霧舎巧(正統派かな。私は結構好きです。ちょっと青臭い感じはしますが・・・)
殊能将之(作品ごとに作風が全く違うところが面白いです。『ハサミ男』か『美濃牛』が代表作かな?)
西尾維新(未読。講談社文庫の表紙を見てしまうと、手に取るのをためらいます・・・(笑))
舞城王太郎(一度、ここでもご紹介してます。この方も作品は選びますがおすすめ。)
・・・・・と、受賞後も精力的に作品を発表されている方を中心に名前を挙げてみましたが、何人くらいの名前をご存知でしたか?
一人も知らない、という方が、恐らく平均的な日本人だと思います・・・・。
ミステリは特殊なジャンルですから、本好きでも、「ミステリだけは読まない」という方も珍しくないですしね。
メフィスト賞は、ミステリマニアになりたい!という奇特な方にオススメの賞なので、この辺から始めれば、おのずとマニアへの道は拓けてくるかと思いますΣ(゜д゜|||)
(ただ本当にマニアックなので、ミステリを読んだ事のない人が、いきなりこのラインから入ると、拒絶反応を起こす確率の方が高い事も申し添えておきます。恐らく、日本推理作家協会賞受賞作から入るのが、まっとうな人間の歩む道だと思われます。)
ということで、私はミステリを買う場合には、今まで読んでいて面白かった方のは、まあ継続して新刊が出るたびに購入するのですが、他のも読みたいな~、と思ったときには、迷わず受賞作に手を出すわけです。
・・・・・・・・・皆さん受賞作を目安にすると思いますので、なんら目新しい選び方ではないのですが_| ̄|○
ただ、ミステリの賞の中でも色々と傾向がありますので、今後の参考になれば幸いです(笑)
【オマケ】
今日、道を歩いていたら、飲食店の前に、従業員募集の張り紙がありました。
職種:厨房(経験不可)
・・・・・・・・・え!?経験不可!?
思わず爆笑してしまいました。
多分、経験不問のつもりだと思うのですが・・・・。
未経験者不可、ともとれるけど。
ま、常識的に考えて、経験者を取らないってことはないと思います。
いい人がくるといいですな・・・Ψ(`∇´)Ψ
一時期、ミニコーナーにまでしていた新解さんですが、最近まったく触れていませんでした。
別に飽きたわけではなく、ただでさえ長い私の文章に、行数を増やすようなオマケをつけるのはどうか(汗)と、ある日突然、正気に返っただけのことでございます・・・・・Σ(゜д゜|||)
(「新解さん」ってナニ?という方は、カレンダーの3月1日をクリックしていただくか、左下方にある「ブログ内検索」で、「マイブーム新解さん」と検索していただくと、今日の記事をより楽しんでいただけると思います~)
今日久々に取り上げたのは、とうとう新解さんの最新版、第6版を購入してしまったからなのですッ(゜▽゜)
第4版と同じく、廉価に「小型版」を・・・(笑)
新解さん、今回はかなりパワーアップしてます!
ある意味、それ以上パワーアップしてどうするんだ!?という気がしなくもありませんが・・・・。
大きな改変は以下の二点。
1、本文が黒・赤の二色刷りになったΣ(゜д゜|||)
2、「運用欄」が新設された!
まず1から。
「本文」といっても、赤字になっているのは「表記」の記号と、「を」を使うのか「に」を使うのか、といった格助詞の用法説明など、ホンの一部分だけなんですが。
それでも、すごく見やすい気にさせられます(笑)
すごいのは2です!!
「かぞえ方」の時も思いましたが、「こんな親切な辞書、他にはないわッ」と改めて実感。
そして、新解さんたる所以も、改めて実感(笑)
例えば、一番最初に出てくる運用欄なのですが。
これが指示副詞の「ああ」の項なんですッ!
「ああ」の使い方を、懇切丁寧に指導してくださっているなんてΣ(゜д゜|||)
そんなに使い方に困る表現じゃないような気がするんですが・・・・(笑)
ちなみに引用しておきますと・・・・
「ああ」(運用):話し手自身が過去を回想したりする時、経験した出来事などに含まれる事象や状態を指し示す場合にも用いる。例、「ああいう時こそ、もっと慎重に行動すべきだった」
他にも、パラパラ見てると、相変わらずあるわあるわ・・・・・(笑)
しばらく新解さんワールドをお楽しみ下さい。
以下、運用欄の引用です。
「相変わらず」:(1)相手のことに用いる場合には、多くからかい・皮肉がこめられる。
←すぐ上で私が使った「相変わらず」は、まさにコレのことのようです。
「あいさつ」:「(これは)ごあいさつだね」の形で、「なんというあきれた物の言いようだ」と相手の失礼な応対を非難する気持ちで皮肉をこめて用いられる。
←「皮肉」な使い方を連続解説です。新解さんは、版が変わっても、相変わらず性格が悪いようです(笑)
「いただく」:「戴きます」の形で、飲食をする前に述べる挨拶の言葉としても用いられる。
←今更・・・・・_| ̄|○
「奥さん」:既婚だととらえられる女性に呼びかける(を指し示す)のにも用いられる。例、「この服は奥さんによくお似合いです」 「奥様」の方がより丁寧な言い方。
←「今更シリーズ」第二弾。
「かわいがる」:「かわいがってやる」の形で、逆の意味の、いためつける意に使われることがある。例、「なまいきな奴だから少しかわいがってやろう」
←「か」の項にしてすでに、暴走モードに入りつつあるようです。
「帰館」:その家の主人の帰宅を、「ご主人様のご帰館だ」などと、当人や家族が冗談めかして言うことがある。
←・・・・「言うことがある」とは、確かに間違ってはいないですが、本当にそれでいいんですか!?
「朽ちる」:結婚などの祝宴では避けるべき言葉とされる。
←おっしゃるとおりです。
「結構」:(2)現状に満足しているかどうかにかかわりなく、相手からの勧誘や協力の申し出などをきっぱり拒絶するのに用いられることもある。例、「せっかくのお誘いですがわたくしは結構です/いやなら(もう来なくて)結構です」
←( )内が何気にコワイです。
「七(しち)」:単独で用いる際には、音の類似する「イチ」との混同を避け、和語「なな」を用いることがある。
←私もそうしてます。
「先生」:「先生と言われるほどのばかでなし」という成句があるように、必ずしも先生と呼ばれるのにふさわしくない人に対して、その自尊心をくすぐるために、また、軽い侮蔑・からかいの気持を込めて、用いられることがある。例、「先生、先生とおだてたら至極ご満悦の体(てい)であった」
←運用欄を熟読したあかつきには、すごくイヤな人間になっていそうです。
「そんな」:「そんなひどい話はない」などと驚きや怒りを込めて用いたりすることがある。例、「『徹夜してでもこの仕事を仕上げてもらいたい』『そんな』」
←運用例というより、単なる失言例!?
「大統領」:劇場において、「いよう、大統領」の形で、すぐれた演技を見せた役者に対して、称賛の気持を込めてかける掛け声として用いられる。
←今までの新解さんの性格からして、必ずこの項には運用欄があるに違いない、と思って探してみたら、やっぱりありました。
「調整」:「調整中」の形で、公共の時計・エレベーターなどが故障していたり、点検中であったりすることの婉曲表現としても用いられる。
←せっかく穏便に済ましているのに、わざわざそんな、寝た子を起こすようなコト書かなくても・・・・・・((((゜Д゜;))))
「ひさしぶり」:「(お)久しぶり」などの形で、長い時を隔てた再会時の挨拶の言葉として用いられる。
←「今更シリーズ」第三弾・・・・・・ですな・・・・・
「わらえる」:他人の失敗などを、無責任な立場から、侮蔑の気持を込めて用いることがある。例、「あの時の彼のぶざまなかっこうは笑えるな」
←最後まで酷い・・・・。
運用欄、いかがでしたか。
運用欄設置の目的は「対人関係にかかわる表現、特に待遇表現を中心にことばの運用面での諸相を簡潔に示した」ということなのですが、「運用」というよりは、「運用禁止」とでも言うべき内容だったような気がしてなりません・・・・・((((゜Д゜;))))
ちなみに。
以前の記事(=マイブーム新解さん)で触れていますが、第4版で、実は私が一番呆気にとられた「秋田」の項の続報です。
【第4版】
「秋田」:「秋田犬」の略。
↓
【第6版】
この項、予想通りなくなってました(爆)
それにしても、運用欄設置の選定基準が謎に包まれている辺り、やはり新解さん、相変わらずあなどれませんな・・・・・・( ̄ー ̄)
別に飽きたわけではなく、ただでさえ長い私の文章に、行数を増やすようなオマケをつけるのはどうか(汗)と、ある日突然、正気に返っただけのことでございます・・・・・Σ(゜д゜|||)
(「新解さん」ってナニ?という方は、カレンダーの3月1日をクリックしていただくか、左下方にある「ブログ内検索」で、「マイブーム新解さん」と検索していただくと、今日の記事をより楽しんでいただけると思います~)
今日久々に取り上げたのは、とうとう新解さんの最新版、第6版を購入してしまったからなのですッ(゜▽゜)
第4版と同じく、廉価に「小型版」を・・・(笑)
新解さん、今回はかなりパワーアップしてます!
ある意味、それ以上パワーアップしてどうするんだ!?という気がしなくもありませんが・・・・。
大きな改変は以下の二点。
1、本文が黒・赤の二色刷りになったΣ(゜д゜|||)
2、「運用欄」が新設された!
まず1から。
「本文」といっても、赤字になっているのは「表記」の記号と、「を」を使うのか「に」を使うのか、といった格助詞の用法説明など、ホンの一部分だけなんですが。
それでも、すごく見やすい気にさせられます(笑)
すごいのは2です!!
「かぞえ方」の時も思いましたが、「こんな親切な辞書、他にはないわッ」と改めて実感。
そして、新解さんたる所以も、改めて実感(笑)
例えば、一番最初に出てくる運用欄なのですが。
これが指示副詞の「ああ」の項なんですッ!
「ああ」の使い方を、懇切丁寧に指導してくださっているなんてΣ(゜д゜|||)
そんなに使い方に困る表現じゃないような気がするんですが・・・・(笑)
ちなみに引用しておきますと・・・・
「ああ」(運用):話し手自身が過去を回想したりする時、経験した出来事などに含まれる事象や状態を指し示す場合にも用いる。例、「ああいう時こそ、もっと慎重に行動すべきだった」
他にも、パラパラ見てると、相変わらずあるわあるわ・・・・・(笑)
しばらく新解さんワールドをお楽しみ下さい。
以下、運用欄の引用です。
「相変わらず」:(1)相手のことに用いる場合には、多くからかい・皮肉がこめられる。
←すぐ上で私が使った「相変わらず」は、まさにコレのことのようです。
「あいさつ」:「(これは)ごあいさつだね」の形で、「なんというあきれた物の言いようだ」と相手の失礼な応対を非難する気持ちで皮肉をこめて用いられる。
←「皮肉」な使い方を連続解説です。新解さんは、版が変わっても、相変わらず性格が悪いようです(笑)
「いただく」:「戴きます」の形で、飲食をする前に述べる挨拶の言葉としても用いられる。
←今更・・・・・_| ̄|○
「奥さん」:既婚だととらえられる女性に呼びかける(を指し示す)のにも用いられる。例、「この服は奥さんによくお似合いです」 「奥様」の方がより丁寧な言い方。
←「今更シリーズ」第二弾。
「かわいがる」:「かわいがってやる」の形で、逆の意味の、いためつける意に使われることがある。例、「なまいきな奴だから少しかわいがってやろう」
←「か」の項にしてすでに、暴走モードに入りつつあるようです。
「帰館」:その家の主人の帰宅を、「ご主人様のご帰館だ」などと、当人や家族が冗談めかして言うことがある。
←・・・・「言うことがある」とは、確かに間違ってはいないですが、本当にそれでいいんですか!?
「朽ちる」:結婚などの祝宴では避けるべき言葉とされる。
←おっしゃるとおりです。
「結構」:(2)現状に満足しているかどうかにかかわりなく、相手からの勧誘や協力の申し出などをきっぱり拒絶するのに用いられることもある。例、「せっかくのお誘いですがわたくしは結構です/いやなら(もう来なくて)結構です」
←( )内が何気にコワイです。
「七(しち)」:単独で用いる際には、音の類似する「イチ」との混同を避け、和語「なな」を用いることがある。
←私もそうしてます。
「先生」:「先生と言われるほどのばかでなし」という成句があるように、必ずしも先生と呼ばれるのにふさわしくない人に対して、その自尊心をくすぐるために、また、軽い侮蔑・からかいの気持を込めて、用いられることがある。例、「先生、先生とおだてたら至極ご満悦の体(てい)であった」
←運用欄を熟読したあかつきには、すごくイヤな人間になっていそうです。
「そんな」:「そんなひどい話はない」などと驚きや怒りを込めて用いたりすることがある。例、「『徹夜してでもこの仕事を仕上げてもらいたい』『そんな』」
←運用例というより、単なる失言例!?
「大統領」:劇場において、「いよう、大統領」の形で、すぐれた演技を見せた役者に対して、称賛の気持を込めてかける掛け声として用いられる。
←今までの新解さんの性格からして、必ずこの項には運用欄があるに違いない、と思って探してみたら、やっぱりありました。
「調整」:「調整中」の形で、公共の時計・エレベーターなどが故障していたり、点検中であったりすることの婉曲表現としても用いられる。
←せっかく穏便に済ましているのに、わざわざそんな、寝た子を起こすようなコト書かなくても・・・・・・((((゜Д゜;))))
「ひさしぶり」:「(お)久しぶり」などの形で、長い時を隔てた再会時の挨拶の言葉として用いられる。
←「今更シリーズ」第三弾・・・・・・ですな・・・・・
「わらえる」:他人の失敗などを、無責任な立場から、侮蔑の気持を込めて用いることがある。例、「あの時の彼のぶざまなかっこうは笑えるな」
←最後まで酷い・・・・。
運用欄、いかがでしたか。
運用欄設置の目的は「対人関係にかかわる表現、特に待遇表現を中心にことばの運用面での諸相を簡潔に示した」ということなのですが、「運用」というよりは、「運用禁止」とでも言うべき内容だったような気がしてなりません・・・・・((((゜Д゜;))))
ちなみに。
以前の記事(=マイブーム新解さん)で触れていますが、第4版で、実は私が一番呆気にとられた「秋田」の項の続報です。
【第4版】
「秋田」:「秋田犬」の略。
↓
【第6版】
この項、予想通りなくなってました(爆)
それにしても、運用欄設置の選定基準が謎に包まれている辺り、やはり新解さん、相変わらずあなどれませんな・・・・・・( ̄ー ̄)
この本、今すごく売れてるらしいですね~!
ジュンク堂大阪店の正面入り口の展示コーナーに、「こんなに仕入れて大丈夫ですか!?」と客が心配してしまうほど、大量に置かれていました。
(でも本は売れなかったら普通は返品可だったような気がするので、いいのかな・・・・。ハリポタは書店買取だったというのをわざわざ記憶してるということは)
『裁判官の爆笑お言葉集』 長嶺超輝著 (幻冬社新書)
2007年3月30日第一刷発行で、もう第三刷!!ちなみに第三刷の発行年月日は2007年4月11日です。
二週間経ってないのに・・・・・・((((゜Д゜;))))
著者は司法試験を目指していましたが、7回の不合格を経て断念。今はライター業の傍ら、裁判の傍聴も行っていらっしゃるという方だそうです。
この本は、著者自身が傍聴時に耳にした裁判官の発言だけでなく、新聞などのメディアや、判例関係の雑誌などに掲載されている判例などからも、裁判官の発言を収集しているようです。登場している裁判官は、日本全国の裁判所にまたがっていますので。
それにしても最近は、司法関係の書籍の中でも、特に裁判所・裁判官にまつわるものが多いですね~。
それも当然で、平成21年5月までの間に、裁判員制度が施行されるからですね。
裁判員制度、私は非常に興味があるのですが、実際に選ばれて(半分、『当たって』みたいなものですが・・)しまうとどうなんでしょうかねぇ。
裁判員が裁く事件って、殺人とか強盗とか強姦とかの凶悪犯罪だけですしね・・・・。(まあ、50円のガム一個の万引き事件とかで裁判員に呼ばれるのも、勘弁して欲しいですけど(笑))
でも、一応法学部出身としては、裁判員を経験してみたいと思っております(実は政治学科だけどね~(゜▽゜))
さて、タイトルの本の感想ですが。
本の題名には「爆笑」と銘打ってありますが、この「爆笑」は客寄せパンダフレーズですねΣ(゜д゜|||)
実際には、それほど爆笑ネタ系発言は多くありません。
ただ裁判官も、「出世のために数をこなす事ばかり考えている」とか、「社会の常識を知らなさ過ぎる」とか色々批判されてますが、この本に載っている発言からは、「裁判官も一人の人間として苦渋の判断をしてるんだなあ」なんてことが感じられて、興味深いです。
(何年か前に出版されてた、このテの本は、結構裁判官の世間知らずな側面にスポットが当てられたりしていて、裁判官をおちょくるような内容が多かったのですが、やっぱり最近は裁判員制度を意識しているのか、『裁判官も人間なんです』『一生懸命激務をこなしています』といった、裁判官寄りの内容が目立つような気がします)。
この本には100近い裁判官の発言が収められていますが、すべてがいわゆるイレギュラーな発言と言ってしまってよいものでしょう。
量刑には反映させる事が出来なかった被害者の無念の代わりに、最後に重い一言を被告人に投げかけるとか。
あまりに反省の見られないいい加減な被告人に、チクリと嫌味の一つも言ってみたり、とか。
この本に収められているのは、裁判官が「言わずにはいられなかった一言」ばかりなのです。
ですから、「じ~ん」とするものもあれば、「おぉ!ウマイ(笑)」と思わず膝を打ってしまうものまで、結構いろんなタイプの「一言」が収められています。
ちなみに私のお気に入りは
「私があなたに判決するのは三回目です」(爆)
という、福岡地裁 陶山博生裁判官(当時)のお言葉です。
同じ裁判官が同じ被告人に、2回判決をするという例もあまりなさそうなのに、ほぼ三年周期で任地の変わる裁判官が、三回も同じ被告に判決を行うというのは、このケースくらいじゃないでしょうか??
この時、もし私が裁判を傍聴していたら、笑いを堪えるのに必死だったに違いありません・・・Σ(゜д゜|||)
窃盗やクスリ関係の犯罪は、再犯率が高いそうですから、一人の人間が何度も判決を受ける事も珍しくないわけですが、同じ裁判官から三度ともなると・・・・・心証的に「コイツ懲りてねーな」と判断されてしまっても仕方ないですねぇ。
ちなみにコレをいわれた被告人の罪状は、「覚せい剤取締法違反」です(笑)
さて、先にも書きましたが、「爆笑」を求めてこの本を読むと、結構肩透かしを食らうかも知れません。
私が笑ったのは、実は上に上げたもの以外には、本当に数えるほどでした。
でも、どの発言も非常に興味深いものですし、一人一人の裁判官の個性がハッキリ見えて、「笑い」はなくても十分に「面白い」本だったと思います。
ただ、パラパラと立ち読みでもイケちゃう中身なので、買う買わないは、一回本の中身を確認してから判断された方がいいと思います。
(私は、タイトルまたは著者で購入するかどうかを判断してしまうので、基本的に本の中身を一切見ずに買ってしまいます。ので、この本は『さ、読もうっと』と本を開いたときに初めて、レイアウトにがっかりしてしまった部分があることは否定しません・・・←要は字数が少ないんですよ・・・_| ̄|○)
それにしても、有名人って大変ですよね。
私、この本を読んで、ダイエーホークスの小久保選手が脱税で有罪判決受けてた事を思い出しました(笑)
ジュンク堂大阪店の正面入り口の展示コーナーに、「こんなに仕入れて大丈夫ですか!?」と客が心配してしまうほど、大量に置かれていました。
(でも本は売れなかったら普通は返品可だったような気がするので、いいのかな・・・・。ハリポタは書店買取だったというのをわざわざ記憶してるということは)
『裁判官の爆笑お言葉集』 長嶺超輝著 (幻冬社新書)
2007年3月30日第一刷発行で、もう第三刷!!ちなみに第三刷の発行年月日は2007年4月11日です。
二週間経ってないのに・・・・・・((((゜Д゜;))))
著者は司法試験を目指していましたが、7回の不合格を経て断念。今はライター業の傍ら、裁判の傍聴も行っていらっしゃるという方だそうです。
この本は、著者自身が傍聴時に耳にした裁判官の発言だけでなく、新聞などのメディアや、判例関係の雑誌などに掲載されている判例などからも、裁判官の発言を収集しているようです。登場している裁判官は、日本全国の裁判所にまたがっていますので。
それにしても最近は、司法関係の書籍の中でも、特に裁判所・裁判官にまつわるものが多いですね~。
それも当然で、平成21年5月までの間に、裁判員制度が施行されるからですね。
裁判員制度、私は非常に興味があるのですが、実際に選ばれて(半分、『当たって』みたいなものですが・・)しまうとどうなんでしょうかねぇ。
裁判員が裁く事件って、殺人とか強盗とか強姦とかの凶悪犯罪だけですしね・・・・。(まあ、50円のガム一個の万引き事件とかで裁判員に呼ばれるのも、勘弁して欲しいですけど(笑))
でも、一応法学部出身としては、裁判員を経験してみたいと思っております(実は政治学科だけどね~(゜▽゜))
さて、タイトルの本の感想ですが。
本の題名には「爆笑」と銘打ってありますが、この「爆笑」は客寄せパンダフレーズですねΣ(゜д゜|||)
実際には、それほど爆笑ネタ系発言は多くありません。
ただ裁判官も、「出世のために数をこなす事ばかり考えている」とか、「社会の常識を知らなさ過ぎる」とか色々批判されてますが、この本に載っている発言からは、「裁判官も一人の人間として苦渋の判断をしてるんだなあ」なんてことが感じられて、興味深いです。
(何年か前に出版されてた、このテの本は、結構裁判官の世間知らずな側面にスポットが当てられたりしていて、裁判官をおちょくるような内容が多かったのですが、やっぱり最近は裁判員制度を意識しているのか、『裁判官も人間なんです』『一生懸命激務をこなしています』といった、裁判官寄りの内容が目立つような気がします)。
この本には100近い裁判官の発言が収められていますが、すべてがいわゆるイレギュラーな発言と言ってしまってよいものでしょう。
量刑には反映させる事が出来なかった被害者の無念の代わりに、最後に重い一言を被告人に投げかけるとか。
あまりに反省の見られないいい加減な被告人に、チクリと嫌味の一つも言ってみたり、とか。
この本に収められているのは、裁判官が「言わずにはいられなかった一言」ばかりなのです。
ですから、「じ~ん」とするものもあれば、「おぉ!ウマイ(笑)」と思わず膝を打ってしまうものまで、結構いろんなタイプの「一言」が収められています。
ちなみに私のお気に入りは
「私があなたに判決するのは三回目です」(爆)
という、福岡地裁 陶山博生裁判官(当時)のお言葉です。
同じ裁判官が同じ被告人に、2回判決をするという例もあまりなさそうなのに、ほぼ三年周期で任地の変わる裁判官が、三回も同じ被告に判決を行うというのは、このケースくらいじゃないでしょうか??
この時、もし私が裁判を傍聴していたら、笑いを堪えるのに必死だったに違いありません・・・Σ(゜д゜|||)
窃盗やクスリ関係の犯罪は、再犯率が高いそうですから、一人の人間が何度も判決を受ける事も珍しくないわけですが、同じ裁判官から三度ともなると・・・・・心証的に「コイツ懲りてねーな」と判断されてしまっても仕方ないですねぇ。
ちなみにコレをいわれた被告人の罪状は、「覚せい剤取締法違反」です(笑)
さて、先にも書きましたが、「爆笑」を求めてこの本を読むと、結構肩透かしを食らうかも知れません。
私が笑ったのは、実は上に上げたもの以外には、本当に数えるほどでした。
でも、どの発言も非常に興味深いものですし、一人一人の裁判官の個性がハッキリ見えて、「笑い」はなくても十分に「面白い」本だったと思います。
ただ、パラパラと立ち読みでもイケちゃう中身なので、買う買わないは、一回本の中身を確認してから判断された方がいいと思います。
(私は、タイトルまたは著者で購入するかどうかを判断してしまうので、基本的に本の中身を一切見ずに買ってしまいます。ので、この本は『さ、読もうっと』と本を開いたときに初めて、レイアウトにがっかりしてしまった部分があることは否定しません・・・←要は字数が少ないんですよ・・・_| ̄|○)
それにしても、有名人って大変ですよね。
私、この本を読んで、ダイエーホークスの小久保選手が脱税で有罪判決受けてた事を思い出しました(笑)
昨日(日が変わったので一昨日ですが・・・)は体調がすぐれず、ほぼ一日安静にしてました。
が、寝てると暇なので、結局昨日今日で5冊の本を読んでしまいました。
1.『ゆらぎの森のシエラ』 菅浩江著 (創元SF文庫)
2.『これは王国のかぎ』 荻原規子著 (中公文庫)
3.『すばらしき愚民社会』 小谷野敦著 (新潮文庫)
4.『東京検死官』 山崎光夫著 (講談社文庫)
5.『アヒルと鴨のコインロッカー』 伊坂幸太郎著 (創元推理文庫)
はい、相変わらずジャンルバラバラです(笑)
1・2・5が小説、3がエッセイ、4がドキュメンタリーですね。
1は先日もご紹介した、菅浩江さんの著作です。これはほぼ20年前に刊行された作品の再販です。バイオSFのようなファンタジーのような、ジャンルの境界を飛び出した内容になっているのが、毎回斬新な作風の菅さんらしい作品です。
まあ、やはり古臭さや、設定が読めてしまう展開など、『博物館惑星』に比べれば見劣りはするように思いますが、20年前の作品である事を踏まえると、仕方のないことなのかもしれません。この20年の間に、似たような作品がたくさん刊行されているでしょうから、それらを読みなれてしまうと、やはり昔のものに目新しさを感じられなくなってしまいますしね・・・。
2は、もともと児童文学者として有名な荻原規子さんの作品です。アラビアンナイトを下敷きにしたファンタジーです。章立ても、管弦楽曲であるリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」にちなんだものになっており、執筆中オーマンディー指揮によるフィラデルフィア・フィルのCDをずっと聴いていたそうです。
ちなみに、アラビアンナイト(千夜一夜物語)とは、王妃に不倫された王が徹底的な女性嫌いになり、その怒りから、毎晩王宮に迎え入れた女性の首を落とす、という誓いを立てました(そんな誓いたてるなよ・・・って感じですが)。国中の女性が戦々恐々とする中、大臣の娘が王の下へ向かう事を志願し、毎晩毎晩面白おかしい物語を語ります。続きが聞きたい王は、彼女を殺す事が出来ず、もう一晩、もう一晩、と延ばすうちにとうとう千日が経過し、王の怒りも解けたという外枠を持っています。この、娘が語った話の一つ一つが、例えば「アラジンと魔法のランプ」であったり、「アリババと40人の盗賊」だったりするわけです。そして、この大臣の娘の名前こそが「シェエラザード」なのです。
内容は・・・コミカルでテンポもよく面白いのですが、対象年齢はやはり、主人公と同世代くらい、つまり中学生辺りを想定してると思います(⊃д⊂)
ま、でもハリポタだってゲド戦記だって、児童文学ですしね・・・。一応自己弁護。
3は、私の好きな著述家の一人、小谷野先生のエッセイです。
この方の一番のベストセラーは『もてない男』(ちくま新書)だと思うのですが、この『すばらしき~』も、相変わらず過激で面白かったです。
この小谷野さんのすばらしい点は、
1.とにかくカバーしている範囲が広い。
時代は万葉から現代まで、またジャンルも文学はもちろん、社会学や歴史、政治・哲学思想に芸能など多岐にわたります。この人の読書量が想像できないほどです。しかも芸能も、歌舞伎や落語といった古典から、最近のマンガや映画まで、本当に幅広いです。
2.真摯な議論の姿勢がある。
反論にもきちんと応え、また他者への疑問もキチンと当人へぶつける。著作の中で反論を行う際にも、その出典や論拠を常に明確にしている(学術論文でもないのに、ここまで出典を明確にしている人は、ほとんどいないと思います)、といった誠実であろうという明確な意思が見えて、読んでいても説得力が感じられます。
ただやっぱり、議論を吹っかけるのがお好きなようで、というか議論こそが学者として重要だ、議論をしないなんて只のバカだ、というポリシーを持っておられるようなので、必然的に方々の学者・評論家と衝突してらっしゃいます・・・。まあ、一般人の私は、そういうのを読むのが面白いわけですが(笑)
(ちなみに、小谷野さんの著作で特に槍玉に上げられているのは、サブカルチャー論で有名な宮台真司さんと、フェミニズム論の上野千鶴子さんです(;゜ロ゜))
もし仮に、入試問題で、この小谷野さんの文章を出題する大学があったなら、ある意味それだけでその大学には入る価値があるかもしれません((((゜Д゜;))))・・・多分小谷野さんの文章が使われることはほぼないと思いますけど(汗)
特にこの本の第10章「禁煙ファシズムを斬る」、は喫煙者必読です(笑)
ただ、こんなに(喫煙者の側からすると)胸の空くような快論を述べてくれているのに、小谷野さんはいつもこの調子なので、結果いつものごとくマスコミからは黙殺・・・・・・・・・・・・・。過激・極論過ぎるのも困り者です(笑)
4は、昭和20年代から40年代にかけての約20年間を、「検死官」として過ごした、一警察官の記録です。普通は、検死官というのは嫌われる職なので、2年間検死官を勤めた後は署長になれる、というご褒美がつくほどなのだそうですが、この本の主役である芹沢さんは、まさに「検死の神」として、検死官をほぼ全うされた方です。
芹沢さんは、検死は手袋をせず「素手」(現代は手袋が義務付けられてます)、3000体もの変死体を検死した経験から、他殺か自殺かが即座に分かる、などなど、言ってみれば「伝説の検死官」でして、歴史的な事件の検死も手がけておられる、非常に稀有な警察官でした。(2005年に他界されてます)。ちなみに医師でも、その他医療関係者でもなく、あくまで「一警察官」です。
芹沢さんは、安保反対運動の最中に事故死した、東大生の樺(かんば)美智子さんや、力道山などの検死にも立ち会っておられます。
この本のもう一つの魅力は、「病死」と診断され、事件性はないものとして処理された男性の死について、芹沢さんが興味深い推理を行っている点です。
もちろん、芹沢さんはこの件に関して、検死は行っていませんし(というか、下記の事情により、この男性の検死自体が行われていません。)、そもそもこの件は、芹沢さんの検死眼を試す(!?)ために、筆者が持ち込んだ事例です。
この男性の死は、病死に間違いないだろうとの判断で、かかりつけの医師が、その場で死亡診断書を書いたのですが、その医師自身も実のところ引っ掛かりを感じていました。
扇風機の強風を泥酔したまま一晩中浴び続け、体温が奪われ、結果として急性心不全で亡くなったという経緯だったのですが、妻や同居していた妻の妹、また現場の様子にもいくつかの疑問点がありました。(普通は、そんな状態で眠り込んでいても、寒くなって目を覚ますはずということもありますしね。)
ただ、死亡した男性は、心臓が弱かったので、眠り込んで扇風機の風を直接浴び続けていれば、死に至る事も十分に考えられたため、結果的に医師は深くは疑わず、死亡診断書を発行します。
死亡診断書があれば、死体は解剖に付されることはありません。死因がハッキリしているという事で、解剖の必要性がなくなるからです。
ということで、この男性の死は病死として処理されたわけですが、芹沢さんはズバリ「他殺でしょう」、と言い切りました。
その論理の鮮やかな事!推理小説のような世界が、現実にもあるんだなぁと思わずにはいられませんでした。まさに安楽椅子探偵です。
(しかし、という事は完全犯罪だよな・・・・Σ(゜д゜|||)こうして、闇に埋もれていく犯罪って、私たちが想像している以上に多いのかもしれません((((゜Д゜;)))))
ねたばらしは出来る限りしないというのが、このブログにおけるマイルールですので(笑)、ここまで書いてなんですが、気になる方は是非ご一読下さい。オススメです。(十分ねたばらししてるじゃん!と思われる部分もあるかもしれませんが、ねたばらしの程度も自己ルールです、申し訳ない_(._.)_)
最後の5。最近ベストセラー連発の伊坂幸太郎さんの4作目の長編です。伊坂さんは東北大の法学部出身でだそうで。東北大法学部にまったく縁がないわけではないので、(といっても無きに等しい縁ですが)、ひょっとしたら一回くらいは会ったことがあるかも・・・という私の一方的な思い込みもあって(笑)、最近お気に入りの作家さんの一人です。
この方は、それぞれに謎が散りばめられた複数のエピソードを、見事に収斂させていくというスタイルが得意ですね。このバラバラのエピソードがどうやって絡み合っていくんだろう、とかこっちのエピソードで出てきたこの人、もう一つのエピソードでは誰に当たるんだろう、とか考える楽しみもあって、それが当たっていれば「やったね」と思うし、外れていても「なるほどねー」とちゃんと納得できるので、本当によく練られている、密度の濃い作品を書かれていると思います。
本作は帯の惹句「神様を閉じ込めに行かないか?」が、見事に作品全体を表わしていて、ラストの締め方も(まあ、この惹句を知っている以上、予想通りなんですが)「これしかないよな!」という巧さで、気持ちよく読了しました。
誰が読んでも面白いし、共感できるという点で「最大公約数的」な小説なのかもしれませんが、伊坂幸太郎さんは、ベタとか陳腐といったところがなく、常に「伊坂ワールド」全開なので、これからの新作も楽しみです。
ただ私は、今のところ伊坂作品では、『重力ピエロ』(新潮文庫)がベストだと思っています(笑)
が、寝てると暇なので、結局昨日今日で5冊の本を読んでしまいました。
1.『ゆらぎの森のシエラ』 菅浩江著 (創元SF文庫)
2.『これは王国のかぎ』 荻原規子著 (中公文庫)
3.『すばらしき愚民社会』 小谷野敦著 (新潮文庫)
4.『東京検死官』 山崎光夫著 (講談社文庫)
5.『アヒルと鴨のコインロッカー』 伊坂幸太郎著 (創元推理文庫)
はい、相変わらずジャンルバラバラです(笑)
1・2・5が小説、3がエッセイ、4がドキュメンタリーですね。
1は先日もご紹介した、菅浩江さんの著作です。これはほぼ20年前に刊行された作品の再販です。バイオSFのようなファンタジーのような、ジャンルの境界を飛び出した内容になっているのが、毎回斬新な作風の菅さんらしい作品です。
まあ、やはり古臭さや、設定が読めてしまう展開など、『博物館惑星』に比べれば見劣りはするように思いますが、20年前の作品である事を踏まえると、仕方のないことなのかもしれません。この20年の間に、似たような作品がたくさん刊行されているでしょうから、それらを読みなれてしまうと、やはり昔のものに目新しさを感じられなくなってしまいますしね・・・。
2は、もともと児童文学者として有名な荻原規子さんの作品です。アラビアンナイトを下敷きにしたファンタジーです。章立ても、管弦楽曲であるリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」にちなんだものになっており、執筆中オーマンディー指揮によるフィラデルフィア・フィルのCDをずっと聴いていたそうです。
ちなみに、アラビアンナイト(千夜一夜物語)とは、王妃に不倫された王が徹底的な女性嫌いになり、その怒りから、毎晩王宮に迎え入れた女性の首を落とす、という誓いを立てました(そんな誓いたてるなよ・・・って感じですが)。国中の女性が戦々恐々とする中、大臣の娘が王の下へ向かう事を志願し、毎晩毎晩面白おかしい物語を語ります。続きが聞きたい王は、彼女を殺す事が出来ず、もう一晩、もう一晩、と延ばすうちにとうとう千日が経過し、王の怒りも解けたという外枠を持っています。この、娘が語った話の一つ一つが、例えば「アラジンと魔法のランプ」であったり、「アリババと40人の盗賊」だったりするわけです。そして、この大臣の娘の名前こそが「シェエラザード」なのです。
内容は・・・コミカルでテンポもよく面白いのですが、対象年齢はやはり、主人公と同世代くらい、つまり中学生辺りを想定してると思います(⊃д⊂)
ま、でもハリポタだってゲド戦記だって、児童文学ですしね・・・。一応自己弁護。
3は、私の好きな著述家の一人、小谷野先生のエッセイです。
この方の一番のベストセラーは『もてない男』(ちくま新書)だと思うのですが、この『すばらしき~』も、相変わらず過激で面白かったです。
この小谷野さんのすばらしい点は、
1.とにかくカバーしている範囲が広い。
時代は万葉から現代まで、またジャンルも文学はもちろん、社会学や歴史、政治・哲学思想に芸能など多岐にわたります。この人の読書量が想像できないほどです。しかも芸能も、歌舞伎や落語といった古典から、最近のマンガや映画まで、本当に幅広いです。
2.真摯な議論の姿勢がある。
反論にもきちんと応え、また他者への疑問もキチンと当人へぶつける。著作の中で反論を行う際にも、その出典や論拠を常に明確にしている(学術論文でもないのに、ここまで出典を明確にしている人は、ほとんどいないと思います)、といった誠実であろうという明確な意思が見えて、読んでいても説得力が感じられます。
ただやっぱり、議論を吹っかけるのがお好きなようで、というか議論こそが学者として重要だ、議論をしないなんて只のバカだ、というポリシーを持っておられるようなので、必然的に方々の学者・評論家と衝突してらっしゃいます・・・。まあ、一般人の私は、そういうのを読むのが面白いわけですが(笑)
(ちなみに、小谷野さんの著作で特に槍玉に上げられているのは、サブカルチャー論で有名な宮台真司さんと、フェミニズム論の上野千鶴子さんです(;゜ロ゜))
もし仮に、入試問題で、この小谷野さんの文章を出題する大学があったなら、ある意味それだけでその大学には入る価値があるかもしれません((((゜Д゜;))))・・・多分小谷野さんの文章が使われることはほぼないと思いますけど(汗)
特にこの本の第10章「禁煙ファシズムを斬る」、は喫煙者必読です(笑)
ただ、こんなに(喫煙者の側からすると)胸の空くような快論を述べてくれているのに、小谷野さんはいつもこの調子なので、結果いつものごとくマスコミからは黙殺・・・・・・・・・・・・・。過激・極論過ぎるのも困り者です(笑)
4は、昭和20年代から40年代にかけての約20年間を、「検死官」として過ごした、一警察官の記録です。普通は、検死官というのは嫌われる職なので、2年間検死官を勤めた後は署長になれる、というご褒美がつくほどなのだそうですが、この本の主役である芹沢さんは、まさに「検死の神」として、検死官をほぼ全うされた方です。
芹沢さんは、検死は手袋をせず「素手」(現代は手袋が義務付けられてます)、3000体もの変死体を検死した経験から、他殺か自殺かが即座に分かる、などなど、言ってみれば「伝説の検死官」でして、歴史的な事件の検死も手がけておられる、非常に稀有な警察官でした。(2005年に他界されてます)。ちなみに医師でも、その他医療関係者でもなく、あくまで「一警察官」です。
芹沢さんは、安保反対運動の最中に事故死した、東大生の樺(かんば)美智子さんや、力道山などの検死にも立ち会っておられます。
この本のもう一つの魅力は、「病死」と診断され、事件性はないものとして処理された男性の死について、芹沢さんが興味深い推理を行っている点です。
もちろん、芹沢さんはこの件に関して、検死は行っていませんし(というか、下記の事情により、この男性の検死自体が行われていません。)、そもそもこの件は、芹沢さんの検死眼を試す(!?)ために、筆者が持ち込んだ事例です。
この男性の死は、病死に間違いないだろうとの判断で、かかりつけの医師が、その場で死亡診断書を書いたのですが、その医師自身も実のところ引っ掛かりを感じていました。
扇風機の強風を泥酔したまま一晩中浴び続け、体温が奪われ、結果として急性心不全で亡くなったという経緯だったのですが、妻や同居していた妻の妹、また現場の様子にもいくつかの疑問点がありました。(普通は、そんな状態で眠り込んでいても、寒くなって目を覚ますはずということもありますしね。)
ただ、死亡した男性は、心臓が弱かったので、眠り込んで扇風機の風を直接浴び続けていれば、死に至る事も十分に考えられたため、結果的に医師は深くは疑わず、死亡診断書を発行します。
死亡診断書があれば、死体は解剖に付されることはありません。死因がハッキリしているという事で、解剖の必要性がなくなるからです。
ということで、この男性の死は病死として処理されたわけですが、芹沢さんはズバリ「他殺でしょう」、と言い切りました。
その論理の鮮やかな事!推理小説のような世界が、現実にもあるんだなぁと思わずにはいられませんでした。まさに安楽椅子探偵です。
(しかし、という事は完全犯罪だよな・・・・Σ(゜д゜|||)こうして、闇に埋もれていく犯罪って、私たちが想像している以上に多いのかもしれません((((゜Д゜;)))))
ねたばらしは出来る限りしないというのが、このブログにおけるマイルールですので(笑)、ここまで書いてなんですが、気になる方は是非ご一読下さい。オススメです。(十分ねたばらししてるじゃん!と思われる部分もあるかもしれませんが、ねたばらしの程度も自己ルールです、申し訳ない_(._.)_)
最後の5。最近ベストセラー連発の伊坂幸太郎さんの4作目の長編です。伊坂さんは東北大の法学部出身でだそうで。東北大法学部にまったく縁がないわけではないので、(といっても無きに等しい縁ですが)、ひょっとしたら一回くらいは会ったことがあるかも・・・という私の一方的な思い込みもあって(笑)、最近お気に入りの作家さんの一人です。
この方は、それぞれに謎が散りばめられた複数のエピソードを、見事に収斂させていくというスタイルが得意ですね。このバラバラのエピソードがどうやって絡み合っていくんだろう、とかこっちのエピソードで出てきたこの人、もう一つのエピソードでは誰に当たるんだろう、とか考える楽しみもあって、それが当たっていれば「やったね」と思うし、外れていても「なるほどねー」とちゃんと納得できるので、本当によく練られている、密度の濃い作品を書かれていると思います。
本作は帯の惹句「神様を閉じ込めに行かないか?」が、見事に作品全体を表わしていて、ラストの締め方も(まあ、この惹句を知っている以上、予想通りなんですが)「これしかないよな!」という巧さで、気持ちよく読了しました。
誰が読んでも面白いし、共感できるという点で「最大公約数的」な小説なのかもしれませんが、伊坂幸太郎さんは、ベタとか陳腐といったところがなく、常に「伊坂ワールド」全開なので、これからの新作も楽しみです。
ただ私は、今のところ伊坂作品では、『重力ピエロ』(新潮文庫)がベストだと思っています(笑)